2月18日が、冥王星にとって特別な日だと知っていますか。
この日は、1930年にクライド・トンボーがローウェル天文台で冥王星を発見した日です。
冥王星はかつて太陽系第9惑星として知られていましたが、現在は準惑星に分類されています。
とはいえ、惑星ではなくなったからといって、冥王星の魅力が消えたわけではありません。
むしろ、発見までの物語、名前に込められた意味、探査機が見た美しい姿を知ると、もっと好きになる天体です。
この記事では、2月18日が冥王星にまつわる日とされる理由を、発見の歴史、名前の由来、惑星ではなくなった理由までわかりやすく紹介します。
冥王星の日とは?まず知りたい基本
冥王星の日はいつ?
冥王星にまつわる記念日は、一般に2月18日とされています。
この日は、アメリカ・アリゾナ州にあるローウェル天文台で、クライド・トンボーが冥王星を見つけた日です。
宇宙の記念日と聞くと少し遠い話に感じるかもしれませんが、2月18日は「太陽系のいちばん外側にあると思われていた小さな天体が、人間の目と根気によって見つかった日」と考えると、ぐっと身近になります。
当時の冥王星は、いまのように探査機の鮮明な写真で知られていたわけではありません。
写真乾板というガラスの板に写った小さな点を、何度も見比べる作業の中で見つかりました。
つまり2月18日は、ただ新しい星が見つかった日ではありません。
人が空を見続け、見えないものを探し続けた努力が実った日なのです。
2月18日になった理由
2月18日が特別なのは、冥王星の存在が初めて確認された日だからです。
ローウェル天文台によると、1930年2月18日、クライド・トンボーは写真乾板を確認している途中で、のちに冥王星と名づけられる天体を見つけました。
ここで大切なのは、発見された日と世界に発表された日が別だという点です。
ローウェル天文台の説明では、発見後も観測が続けられ、天体の動きや軌道を確認する作業が行われました。
そして新しい惑星として発表されたのは、1930年3月13日です。
3月13日は、ローウェル天文台を創設したパーシバル・ローウェルの誕生日にあたり、さらにウィリアム・ハーシェルが天王星を発見した日でもありました。
それでも2月18日が語られるのは、実際にトンボーが写真の中から冥王星を見つけた瞬間がこの日だったからです。
誰が冥王星を発見したのか
冥王星を発見したのは、アメリカの天文学者クライド・トンボーです。
NASAも、冥王星は1930年にアメリカの天文学者クライド・トンボーによって発見されたと説明しています。
トンボーは、最初から有名な研究者だったわけではありません。
ローウェル天文台の記録では、彼はカンザス州出身の若者として採用され、ローウェルが探し続けた「プラネットX」の探索を担当しました。
当時の作業は、現在のようにコンピューターが自動で答えを出してくれるものではありません。
星の写った写真を何枚も比べ、動いている点を人間の目で探すという、非常に地道なものでした。
トンボーはローウェル天文台での14年間に、ブリンクコンパレーターという装置をのぞく作業に約7,000時間を費やしたとされています。
冥王星の発見は、才能だけではなく、集中力と忍耐が生んだ発見でもあります。
どこの天文台で見つかったのか
冥王星が見つかった場所は、アメリカ・アリゾナ州フラッグスタッフにあるローウェル天文台です。
ローウェル天文台は、パーシバル・ローウェルが「海王星の外側にまだ未知の惑星があるかもしれない」と考え、その探索を進めた場所でした。
発見に使われたのは、13インチの天体写真用望遠鏡です。
ローウェル天文台によると、この望遠鏡は天体の光をガラス乾板に写し、撮影された乾板をブリンクコンパレーターで調べるために使われました。
ブリンクコンパレーターは、同じ空の場所を別の日に撮った写真を交互に見せる装置です。
遠くの星はほぼ同じ位置に見えますが、太陽系の中にある天体は少しずつ位置が変わります。
その小さなズレを見つけることで、未知の天体を探すことができました。
冥王星は、巨大な望遠鏡が一瞬で見つけたのではなく、道具と人の目が組み合わさって見つけた天体なのです。
記念日として広まった背景
2月18日が冥王星に関する日として語られるようになった背景には、発見そのものの物語性があります。
冥王星は、長い間「太陽系第9惑星」として学校や図鑑で紹介されてきました。
NASAは、冥王星はかつて太陽系の9番目の惑星と考えられていたものの、2006年に準惑星へ分類し直されたと説明しています。
つまり冥王星には、「発見された喜び」と「惑星ではなくなった驚き」の両方があります。
そのため、2月18日は単なる昔の発見日ではなく、天文学の考え方が変わっていくことを感じられる日でもあります。
遠くにある小さな天体なのに、多くの人が冥王星に親しみを持つのは、この変化の物語があるからでしょう。
冥王星は、宇宙の知識が一度決まったら終わりではなく、新しい発見によって何度も見直されることを教えてくれる存在です。
冥王星発見のドラマをわかりやすく解説
きっかけは「第9惑星」探し
冥王星発見のきっかけは、海王星の外側に未知の惑星があるのではないかという考えでした。
ローウェル天文台の創設者パーシバル・ローウェルは、その未知の天体を「プラネットX」と呼び、探索を進めました。
当時、天文学者たちは天王星や海王星の動きから、さらに外側に見えない惑星がある可能性を考えていました。
ローウェルは1900年代初めからこの探索に力を入れ、計算と観測を重ねました。
しかし、ローウェル自身は冥王星の発見を見ることなく亡くなりました。
その後、ローウェル天文台で探索が再開され、若いトンボーがその仕事を引き継ぎます。
冥王星の発見は、ひとりの天文学者だけの成果ではありません。
「まだ見つかっていないものがあるはずだ」と考えた人たちの願いが、時間をかけてつながった結果でした。
写真を比べて見つけた発見方法
トンボーが使った方法は、同じ空を別の日に撮影した写真を見比べるというものでした。
ローウェル天文台の説明では、トンボーは夜に空を撮影し、数日違いで撮られた同じ領域の写真乾板をブリンクコンパレーターで調べていました。
星はとても遠くにあるため、数日ではほとんど位置が変わって見えません。
しかし、太陽のまわりを回る天体は、背景の星に対して少しだけ動いて見えます。
トンボーは、そのわずかな動きを探しました。
ローウェル天文台の記録では、1930年2月18日の午後4時ごろ、トンボーは写真の中で出たり消えたりする faint image、つまりかすかな像に気づきました。
その後、彼は測定を行い、別の望遠鏡で撮られた予備の写真にも同じ位置に像があることを確認しました。
この流れを見ると、冥王星の発見は偶然のひらめきだけではないとわかります。
見つけた後に本当に天体なのかを確かめる、慎重な確認作業があったのです。
15等星という暗さが発見を難しくした
冥王星の発見が難しかった理由のひとつは、とても遠くにあり、暗く見えることです。
NASAは、冥王星が平均で太陽から約39天文単位、つまり地球よりはるかに遠い場所にあると説明しています。
地球から遠い天体は、太陽の光を受けても見かけ上は暗くなります。
そのため、肉眼で見える星のように夜空で目立つことはありません。
ローウェル天文台も、当時の技術では冥王星は写真乾板上の小さな点にすぎず、表面の成分や大気のような詳しい情報を調べることは難しかったと説明しています。
ここで「15等星」という言葉を聞くと、少し難しく感じるかもしれません。
星の等級は数字が大きいほど暗く、肉眼で見える限界はだいたい6等星前後です。
つまり15等星クラスの暗さは、普通の夜空を見上げてもまず見えないほどの暗さです。
冥王星の発見がすごいのは、明るく目立つ星を見つけたのではなく、膨大な星の点の中から、かすかに動く小さな点を探し当てたことにあります。
発見が世界を驚かせた理由
1930年当時、冥王星の発見は「太陽系に新しい惑星が加わった」と受け止められました。
NASAは、冥王星が長い間、太陽系の9番目の惑星と考えられていたと説明しています。
人類が知っている太陽系の地図に、新しい仲間が加わるというのは大きな出来事でした。
特に冥王星は、海王星より外側にある天体として注目されました。
当時の人々にとって、太陽系の端がさらに遠くへ広がったように感じられたはずです。
また、ローウェルが探していた「プラネットX」が見つかったと考えられたことも、発見のニュースを特別なものにしました。
現在では、冥王星がローウェルの予測どおりの巨大な惑星ではなかったこともわかっています。
それでも、見えないものを探し続けた末に新しい天体が見つかったという事実は、今でも色あせません。
発見日と発表日の違い
冥王星について調べると、2月18日と3月13日という2つの日付が出てきます。
2月18日は、トンボーが写真乾板の中から冥王星を見つけた日です。
一方、3月13日は、ローウェル天文台が新しい惑星の発見を公式に発表した日です。
発見してすぐに世界へ知らせなかったのは、確認が必要だったからです。
ローウェル天文台では、天体が本当に海王星の外側を回っているのか、軌道を調べるための観測が続けられました。
発表日として3月13日が選ばれたのは、パーシバル・ローウェルの誕生日であり、天王星発見の日でもあったためです。
この違いを知っておくと、2月18日の意味がよりはっきりします。
2月18日は「人類が冥王星を見つけた日」であり、3月13日は「その発見が世界に知らされた日」なのです。
冥王星という名前の由来
英語名「Pluto」の意味
冥王星の英語名はPlutoです。
NASAによると、この名前はローマ神話に登場する冥府の神プルートに由来します。
冥府とは、亡くなった人の魂が行くと考えられた地下の世界のことです。
太陽から遠く離れ、暗く冷たいイメージを持つ天体には、冥府の神の名前がよく合うと考えられたのでしょう。
NASAは、Plutoがローマ神話の冥府の神の名前であり、ギリシャ神話のハデスにあたると説明しています。
また、Plutoという名前には、ローウェル天文台を創設したPercival Lowellの頭文字「P」と「L」が入っている点もよく知られています。
ただし、名前そのものの公式な説明として大切なのは、ローマ神話の冥府の神に由来するということです。
冥府の神の名前が選ばれた理由
Plutoという名前が選ばれた理由には、天体のイメージが関係しています。
冥王星は太陽から非常に遠く、暗く冷たい世界として考えられました。
NASAは、冥王星の平均気温を華氏マイナス387度、摂氏では約マイナス232度と紹介しています。
もちろん、この温度は現在の観測にもとづく知識です。
しかし、発見当時から「太陽から遠い暗い世界」という印象は強かったはずです。
冥府の神プルートの名前は、その遠さや暗さのイメージと重なります。
さらに、太陽系の惑星にはローマ神話やギリシャ神話に関係する名前が多く使われています。
水星、金星、火星、木星、土星なども、それぞれ神話の神々と関係のある名前です。
その流れの中で、太陽系の外れに見つかった天体にPlutoという名前が選ばれたことは、とても自然な流れだったといえます。
11歳の少女が名前を提案した話
Plutoという名前を提案したのは、イギリス・オックスフォードに住んでいた11歳の少女、ベネチア・バーニーです。
NASAは、1930年にベネチア・バーニーが祖父に対して、新しく見つかった天体をローマ神話の冥府の神にちなんでPlutoと名づけてはどうかと提案したと説明しています。
彼女の祖父ファルコナー・マダンは、その名前をローウェル天文台に伝えました。
そしてPlutoという名前が選ばれました。
この話が今も多くの人に愛されるのは、宇宙の歴史に子どもの発想が残っているからです。
天文学というと、専門家だけの世界に感じるかもしれません。
しかし、冥王星の名前には、朝食の場で生まれたひとつの提案が関わっています。
宇宙の大きな発見に、人の暮らしの中の小さな会話がつながっているところが、このエピソードの魅力です。
日本語名「冥王星」を考えた人物
Plutoの日本語名として「冥王星」を提案した人物は、星の民俗学を研究した野尻抱影です。
理科年表オフィシャルサイトでは、野尻抱影が1930年の科学雑誌『科学画報』10月号に「新惑星の邦名について」を寄稿し、「冥王星」という名前を提唱したと紹介されています。
「冥」という字には、暗い、奥深い、あの世に関わるといった意味合いがあります。
Plutoが冥府の神に由来することを考えると、「冥王星」という日本語名は、英語名の世界観をとてもよく表しています。
日本語名は単なる直訳ではありません。
神話の意味、天体の暗さ、太陽から遠いイメージを、日本語の文字でうまくまとめた名前です。
だからこそ「冥王星」という名前には、科学的な対象でありながら、どこか物語のような雰囲気があります。
「幽王星」という候補もあった?
冥王星の日本語名については、「幽王星」という名前も話題に出てきます。
理科年表オフィシャルサイトでは、野尻抱影による「冥王星」の提案後、京都大学の山本一清が賛同し、東亜天文学会でもまもなく採用されたと紹介されています。
当時は、関東では英語の発音に近い「プルート」をそのまま使う流れもあったとされています。
名前が定まるまでには、いくつかの考え方があったと見てよいでしょう。
「幽王星」は、暗く静かなイメージを持つ名前です。
ただ、現在広く使われているのは「冥王星」です。
「冥王」という言葉には、冥府の王という意味が自然に伝わります。
Plutoの神話的な由来を日本語で表すには、「冥王星」という名前が非常に強い印象を持っていたのだと思います。
冥王星はなぜ惑星ではなくなった?
かつては太陽系第9惑星だった
冥王星は、発見後長い間、太陽系第9惑星として扱われていました。
NASAも、冥王星はかつて太陽系の9番目の惑星だったが、現在は準惑星に分類されていると説明しています。
昔の教科書や図鑑で「水金地火木土天海冥」と覚えた人も多いでしょう。
この並びでは、冥王星は海王星の外側にある9番目の惑星として紹介されていました。
しかし、天文学は新しい発見によって考え方が変わります。
1990年代以降、海王星の外側には冥王星に似た氷の天体がたくさんあることがわかってきました。
NASAは、冥王星が海王星の外側に広がるカイパーベルトにある準惑星だと説明しています。
冥王星だけが特別な巨大惑星というより、同じような氷の天体が集まる領域の代表的な存在と考えられるようになったのです。
2006年に決まった惑星の定義
冥王星の分類が変わった大きなきっかけは、2006年に国際天文学連合が惑星の定義を決めたことです。
IAUは、太陽系の惑星について、太陽のまわりを回っていること、自分の重力でほぼ丸い形になっていること、そして自分の軌道周辺からほかの天体を取り除いていることを条件にしました。
この3つめの条件が、冥王星にとって重要でした。
冥王星は太陽のまわりを回っています。
また、ほぼ丸い形をしています。
しかし、軌道周辺には似たような天体があり、自分の軌道近くを支配しているとはいえません。
IAUは、冥王星はこの条件を満たさないため惑星ではなく、準惑星であると説明しています。
つまり冥王星が急に小さくなったわけではありません。
人間が「惑星」という言葉の使い方を、よりはっきり決めたことで分類が変わったのです。
準惑星とはどんな天体?
準惑星は、太陽のまわりを回り、自分の重力でほぼ丸い形になっているものの、惑星とは違う分類の天体です。
NASAは、2006年のIAU決議にもとづき、準惑星は太陽のまわりを回り、ほぼ丸い形になるほどの大きさを持ちながら、軌道周辺の物質を取り除ききれていない天体だと説明しています。
中学生向けに言い換えるなら、準惑星は「惑星に似ているけれど、惑星と呼ぶには条件が足りない天体」です。
冥王星は、太陽を回っています。
形もおおむね丸いです。
しかし、カイパーベルトには冥王星に似た氷の天体がたくさんあります。
そのため、冥王星は「惑星」ではなく「準惑星」として扱われるようになりました。
名前に「惑星」と入っているので少しややこしいですが、準惑星は惑星そのものではなく、別の分類です。
冥王星が外れた一番の理由
冥王星が惑星から外れた一番の理由は、軌道周辺をきれいに片づけていないと判断されたことです。
IAUは、惑星の条件として「軌道周辺を一掃していること」を含めています。
これは、その天体が自分の重力で近くの小さな天体を取り込んだり、遠くへはじき飛ばしたりして、軌道上で支配的な存在になっているかどうかを見る考え方です。
地球や木星のような惑星は、自分の軌道周辺で大きな影響力を持っています。
一方、冥王星があるカイパーベルトには、冥王星に似た小さな氷の天体が多く存在します。
NASAも、冥王星はほかの天体がその軌道を横切る可能性のある領域にあるため、準惑星に分類されると説明しています。
つまり冥王星は、能力が低い天体というわけではありません。
太陽系の外側には、地球の近くとは違うにぎやかな世界があり、その中に冥王星がいるということです。
それでも人気がある理由
冥王星は惑星ではなくなっても、多くの人に愛され続けています。
その理由のひとつは、長い間「9番目の惑星」として親しまれてきた歴史です。
もうひとつは、発見の物語や名前の由来に、人間らしいドラマがあることです。
クライド・トンボーの地道な作業、ベネチア・バーニーの名前の提案、野尻抱影による日本語名の美しさ。
これらが重なって、冥王星はただの遠い氷の天体ではなくなりました。
さらにNASAのニュー・ホライズンズ探査機が2015年に冥王星へ接近し、表面の山、平原、クレーター、氷河などを観測したことで、冥王星は再び大きな注目を集めました。
小さくて遠いのに、知れば知るほど表情がある。
それが冥王星の人気の理由です。
冥王星の日に知ると楽しい豆知識
冥王星は月より小さい?
冥王星は、地球の月より小さい天体です。
NASAは、冥王星の幅を約1,400マイル、つまり約2,300キロメートルと説明しています。
またNASAは、冥王星の直径は地球の月のおよそ3分の2だと説明しています。
「かつて惑星だった」と聞くと、地球や木星のように大きな天体を想像するかもしれません。
しかし、冥王星は月よりも小さいのです。
この小ささを知ると、なぜ2006年に分類が見直されたのかも少しわかりやすくなります。
ただし、小さいから価値がないわけではありません。
冥王星には山や谷、平原、クレーター、氷河があることがNASAによって紹介されています。
小さな世界の中に、地形の変化がしっかりあるのです。
冥王星には衛星がある
冥王星には、現在5つの衛星が知られています。
NASAは、冥王星の衛星としてカロン、ニクス、ヒドラ、ケルベロス、ステュクスを紹介しています。
中でもいちばん大きいのがカロンです。
カロンは冥王星の約半分の大きさがあり、冥王星とカロンは「二重惑星」と呼ばれることもあります。
この関係はとても面白いものです。
地球と月の場合、月は地球のまわりを回っているという印象が強いです。
しかし冥王星とカロンの場合、カロンが相対的にかなり大きいため、ふたつで一緒に踊っているような関係に見えます。
さらに、カロンは冥府の川を渡す船頭の名前に由来しています。
冥王星の周りの衛星にも、冥府に関係する神話の名前がつけられているところが印象的です。
探査機ニュー・ホライズンズが見た姿
冥王星の姿を大きく変えて見せてくれたのが、NASAの探査機ニュー・ホライズンズです。
NASAによると、ニュー・ホライズンズは2006年1月19日に打ち上げられ、2015年7月14日に冥王星をフライバイしました。
フライバイとは、天体に着陸するのではなく、近くを通り過ぎながら観測することです。
ニュー・ホライズンズは、冥王星とその衛星を近くで調べた初めての探査機でした。
それまでの冥王星は、地球から見るとぼんやりした点のような存在でした。
しかしニュー・ホライズンズによって、冥王星には明るい平原、氷の山、赤みがかった地形などがあることがわかりました。
NASAは、ニュー・ホライズンズが2015年に冥王星を近くで探査した唯一の探査機だと説明しています。
この探査によって、冥王星は「遠くの小さな点」から「表情のある世界」へと変わりました。
ハート形の地形があるって本当?
冥王星には、ハート形に見える明るい地形があります。
NASAは、ニュー・ホライズンズが観測した冥王星の代表的な特徴として、このハート形の地形を紹介しています。
この明るい地形の一部は、スプートニク平原と呼ばれています。
NASAは、スプートニク平原が窒素の氷河を含む大きな領域であると説明しています。
遠く冷たい冥王星に、まるでハートのような形があるというのは、なんとも不思議です。
もちろん、冥王星が人間に向けてハートを作ったわけではありません。
地形や氷の分布が、たまたまそう見える形になっているのです。
それでも、この姿は多くの人の心をつかみました。
惑星から準惑星になった冥王星が、探査機の写真で大きなハートを見せたように感じられたからです。
2月18日に家族や友人に話したくなる雑学
2月18日に冥王星の話をするなら、いくつかの雑学を知っておくと会話が広がります。
まず、冥王星は1930年2月18日にローウェル天文台でクライド・トンボーによって発見されました。
次に、名前のPlutoは11歳のベネチア・バーニーが提案したものです。
さらに、日本語の「冥王星」は野尻抱影が提案した名前です。
そして、冥王星は現在は惑星ではなく準惑星です。
もうひとつ面白いのは、冥王星が太陽のまわりを1周するのに約248年かかることです。
人間の一生よりもずっと長い時間をかけて、冥王星はゆっくり太陽のまわりを回っています。
2月18日は、夜空を見上げながら、目には見えない遠い世界に思いを向けるきっかけになる日です。
冥王星の日の由来とは?まとめ
冥王星にまつわる2月18日は、1930年にクライド・トンボーがローウェル天文台で冥王星を発見した日です。
世界に発表されたのは1930年3月13日ですが、実際に写真乾板の中からその存在が見つかったのは2月18日でした。
冥王星の発見は、パーシバル・ローウェルが考えた未知の惑星探しから始まり、トンボーの根気強い観測によって実を結びました。
英語名Plutoはローマ神話の冥府の神に由来し、11歳のベネチア・バーニーが提案しました。
日本語名の「冥王星」は、野尻抱影が提唱した名前です。
冥王星は長い間、太陽系第9惑星として親しまれてきました。
しかし、2006年にIAUが惑星の定義を定めたことで、現在は準惑星に分類されています。
それでも冥王星の魅力は失われていません。
小さく遠い天体でありながら、発見のドラマ、名前の物語、ニュー・ホライズンズが見せたハート形の地形など、人を引きつける要素がたくさんあります。
2月18日は、冥王星という天体を通して、宇宙の広さと人間の探究心を感じられる日です。
