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「これはしたり」の意味とは?語源・使い方・例文までわかりやすく解説

「これはしたり」の意味とは?語源・使い方・例文までわかりやすく解説

小説や時代劇などで「これはしたり」という言葉を見かけ、「したりって何のこと?」と戸惑った経験はないでしょうか。

現代の日常会話ではあまり聞かない表現なので、文字だけを見ても意味を想像しにくい言葉です。

簡単に言えば、「これはしたり」は「しまった」や「これは驚いた」に近い意味を持っています。

ところが、「したり」だけになると「うまくやった」という反対方向の意味でも使われるため、少しややこしく感じるかもしれません。

この記事では、「これはしたり」の意味から語源、実際の使い方、「してやったり」や「したり顔」との違いまで、初めて知る人にも分かるように解説します。

古い作品の中でこの言葉に出会ったとき、登場人物がどんな気持ちなのかまで読み取れるようになります。

目次

「これはしたり」の意味をまず簡単に解説

「これはしたり」は「しまった」「これは驚いた」という意味

「これはしたり」とは、思いがけないことに驚いたときや、自分の失敗に気づいたときに発する言葉です。

現代の言葉に置き換えるなら、「これは驚いた」「しまった」「やってしまった」といった表現が近いでしょう。

たとえば、忘れ物に気づいた場面で「これはしたり、大事な書類を置いてきてしまった」と言えば、「しまった、大事な書類を忘れてしまった」という意味になります。

一方、予想していなかった相手が突然現れた場面で使えば、「これは驚いた」というニュアンスになります。

つまり、「これはしたり」には一つだけの意味があるのではなく、話している人が置かれた状況によって「失敗」と「驚き」のどちらにも使われるのがポイントです。

文字だけを見ると意味を推測しにくい言葉ですが、「予想外の出来事に反応して思わず出るひと言」と考えると理解しやすくなります。

現代の日常会話では「しまった」「びっくりした」などのほうが自然ですが、古い文学作品や時代を感じさせるセリフの中では「これはしたり」が使われることがあります。

意味を知らずに読むと不思議な言葉に見えますが、基本的には「しまった」または「これは驚いた」と覚えておけば、多くの場面で意味をつかめます。

「これは」が付くと失敗や驚きを表すことが多い

「したり」という言葉だけを見ると、必ずしも失敗を意味するわけではありません。

実は「したり」には、物事が思いどおりに進んだときの「うまくやった」「やったぞ」という意味もあります。

ところが、前に「これは」が付いて「これはしたり」という形になると、意外な出来事への驚きや、自分の失敗に気づいたときの表現として使われる例が多くなります。

江戸時代の用例にも、自分たちの失敗に気づいた場面で「是はしたり」と発する例が確認されています。

現代語でも「やった」という言葉は状況によって意味が変わります。

試験に合格したときの「やった!」は喜びですが、皿を落としてしまったときの「やった……」は「やってしまった」に近い意味になることがあります。

「したり」も、これと少し似た性質を持った言葉だと考えると理解しやすいでしょう。

成功した場面では喜びを表し、失敗した場面では後悔や驚きを表すため、前後の状況を見て意味を判断する必要があります。

特に「これはしたり」という形を見かけた場合は、まず「しまった」か「これは驚いた」のどちらかではないかと考えてみると、文章全体の意味がつかみやすくなります。

「したり」だけなら「うまくやった」の意味にもなる

「これはしたり」を理解するときに覚えておきたいのが、「したり」単独の意味です。

「したり」には、物事が期待どおりに進んだときに「うまくやった」「やったぞ」と喜ぶ意味があります。

この用法はかなり古く、1349年の『連理秘抄』にも「したり」が成功や思惑どおりに進んだことを表す例が記録されています。

現在にも残っている分かりやすい関連表現が「してやったり」です。

「してやったり」は、計画や狙いがうまくいったときの満足感を表す言葉として使われます。

また、「したり顔」という言葉にも、こちらの成功側の意味が残っています。

「したり顔」は、物事がうまくいって得意そうにしている顔つきや様子を意味します。

そのため、「これはしたり」だけを見て「したり=失敗」と覚えてしまうと、「したり顔」や「してやったり」の意味が分かりにくくなります。

大切なのは、「したり」という言葉そのものには成功側と失敗・驚き側の用法があり、「これはしたり」では後者として使われることが多いと整理することです。

成功と失敗という逆の意味を持つのがポイント

一つの言葉が「成功した」と「失敗した」という反対に見える意味を持つのは、不思議に感じるかもしれません。

しかし、「したり」の成り立ちを見ると、それほど不自然ではありません。

「したり」は、もともと「する」にあたる動詞「す」の連用形「し」と、完了を表す助動詞「たり」が結びついてできた言葉です。

大まかな感覚としては、「した」「やった」という結果を受けて出る言葉だったと考えると分かりやすいでしょう。

「うまくやった」なら成功への喜びになりますし、「やってしまった」なら失敗への後悔になります。

さらに、想定していない出来事を目の前にした場合には、「これは驚いた」という反応にもなります。

現代語の「やった」にも、「やった、成功した」という使い方と、「ああ、やってしまった」という使い方があります。

もちろん現代語の「やった」と「したり」が完全に同じというわけではありませんが、意味が反対方向へ広がる仕組みをイメージする助けにはなります。

「成功と失敗という正反対の意味がある」と丸暗記するより、「何かが起きた結果に対して発する言葉」と理解しておくほうが、実際の文章でも意味を判断しやすくなります。

現代の言葉なら「しまった」「やってしまった」に近い

現代の会話に置き換えるなら、「これはしたり」は「しまった」「やってしまった」「これは驚いた」などに言い換えられます。

ただし、どの言葉に置き換えるのが最適かは場面によって違います。

「約束の時間を一時間間違えていた」と気づいた場面なら、「しまった」が自然です。

自分が相手の作戦にはまっていたと気づいた場面なら、「やられた」や「一本取られた」のほうが雰囲気に合うこともあります。

予想外の人物が現れた場面なら、「これは驚いた」や「まさかあなたが来るとは」のように言い換えられます。

そのため、「これはしたり=しまった」と一対一で覚えるだけでは、すべての用例を説明できません。

文章の前後を読み、話し手が失敗したのか、驚いたのか、それとも相手に意表を突かれたのかを確認することが大切です。

小説などで意味が分からなくなった場合は、「この人物は今、何に反応しているのか」を考えると理解しやすくなります。

意味を一言で覚えるなら「しまった」が便利ですが、実際には「驚いた」という意味もあることを忘れないようにしましょう。

「これはしたり」の語源と成り立ち

「したり」は「す」の連用形「し」と助動詞「たり」からできた言葉

「したり」という言葉は、動詞「す」の連用形である「し」と、完了を表す助動詞「たり」が組み合わさってできたものです。

「す」は現代語の「する」にあたる動詞です。

そこに完了を表す「たり」が加わるため、もともとの形を簡単に捉えるなら「した」という感覚に近くなります。

ただし、実際の「したり」は単なる過去形として使われるのではなく、やがて感動詞として独立して使われるようになりました。

物事が思いどおりになったときには「うまくやった」という気持ちを表し、失敗したときには「しまった」という気持ちを表します。

さらに意外な出来事を目にしたときの「これは驚いた」という使い方もあります。

言葉の表面だけを見ると、成功と失敗の両方を表すのは奇妙に思えます。

しかし、もとの「した」という感覚から考えれば、「やったぞ」と「やってしまった」のように結果に対する気持ちが分かれたと捉えることができます。

語源を知っておくと、「これはしたり」だけでなく、「してやったり」や「したり顔」といった関連表現も理解しやすくなります。

もともとの意味は「した」「やった」

「したり」の成り立ちを現代の感覚に近づけるなら、「した」「やった」と考えると分かりやすくなります。

ただし、これは現代語への理解を助けるための言い換えであり、「したり」が現在の「やった」と完全に同じ使われ方をするわけではありません。

大切なのは、何かを「した」という結果に対して生まれる感情が、その後の用法につながっている点です。

思いどおりの結果になれば「うまくやった」と喜ぶことができます。

反対に、余計なことをして失敗すれば「やってしまった」と後悔します。

思いもしない結果になれば「これは驚いた」と声が出ることもあります。

実際、「したり」は古くから成功したとき、失敗したとき、意外な出来事に驚いたときという複数の場面で使われてきました。

こうした背景を知っていると、「したり」という一つの言葉に逆方向の意味がある理由も理解しやすくなります。

単語帳のように意味だけ覚えるよりも、「何かが起きた結果を受けて出る言葉」とイメージしておくほうが記憶にも残りやすいでしょう。

「やった」が成功にも失敗にも使えるのと似ている

現代語の「やった」を思い浮かべると、「したり」の感覚をつかみやすくなります。

試合に勝ったときなら「やった!」は喜びを表します。

ところが、自分の不注意で大切なものを壊したときには、「ああ、やった……」や「やってしまった」と言うことがあります。

同じ「やった」という音でも、その場の状況や声の調子によって、喜びにも後悔にもなります。

「したり」に成功と失敗の両方の用法があるのも、このような仕組みに近いと考えると理解しやすいでしょう。

実際には「したり」は感動詞として定着した歴史的な表現なので、現代語の「やった」とそのまま入れ替えられるわけではありません。

それでも、「なぜ正反対の意味があるのか」という疑問を解くうえでは有効な考え方です。

さらに「これはしたり」となると、「これは」と目の前の状況を受ける言葉が加わるため、「これは大変だ」「これは驚いた」といった反応のニュアンスが強くなります。

言葉は辞書に載っている意味だけでなく、どんな場面で発せられるかを見ることで理解しやすくなります。

なぜ「これはしたり」で失敗の意味になったのか

「したり」には成功を喜ぶ意味があるのに、「これはしたり」になると「しまった」という意味が目立つのは興味深いところです。

歴史的な用例を見ると、「これは」が付いた形は、目の前で起こった思いがけない事態を受ける表現として使われています。

1701年の浮世草子『傾城色三味線』には驚きを表す「是はしたり」の例があり、1706年ごろの浄瑠璃『堀川波鼓』には失敗に気づいた場面での例が記録されています。

つまり、「これはしたり」は少なくとも江戸時代には、驚きや失敗に対する反応として使われていました。

「これは」という言葉には、目の前の状況を取り上げて「これは何ということだ」と反応する働きがあります。

そこへ「したり」が続くことで、思いがけない出来事を目にした瞬間の感情を表しやすくなったと考えると理解しやすいでしょう。

そのため、「これはしたり」を見かけたら、まず成功を喜んでいると考えるのではなく、その人物が驚いたり失敗に気づいたりしていないかを確認するのがコツです。

前後の文章を読めば、「しまった」と「これは驚いた」のどちらに近いかも判断しやすくなります。

古い文学や芝居にも登場する歴史のある表現

「これはしたり」は、最近になって作られた時代劇風の言葉ではありません。

江戸時代の浮世草子や浄瑠璃に実際の用例が残っています。

さらに時代が進んだ近代文学でも使用例を確認できます。

泉鏡花の『国貞えがく』では、相手から若々しいと持ち上げられた人物が「これはしたり!」と反応する場面があります。

二葉亭四迷が訳したガールシンの『四日間』では、自分自身がうなり声を上げていることに気づく場面で「これはしたり」が使われています。

夢野久作の文章にも、予想と違う光景を目にしたときの反応として「これはしたり」が登場します。

このように用例を追うと、「これはしたり」が特定の一作品だけで使われた特殊な言葉ではなく、時代をまたいで文章の中に現れてきたことが分かります。

現在の読者には古風に聞こえやすい表現ですが、実際の文学作品で使われてきた歴史を知ると、時代物のために人工的に作られたセリフではないことも理解できます。

「これはしたり」の使い方を例文で理解しよう

失敗に気づいた場面で使う例

最も分かりやすい使い方は、自分の失敗に気づいた場面です。

たとえば、「これはしたり、財布を家に置いてきてしまった」のように使えます。

意味は「しまった、財布を家に忘れてしまった」です。

また、「これはしたり、集合時間を一時間勘違いしていた」のような使い方もできます。

この場合も、何かを失敗した後でその事実に気づいた気持ちが表れています。

昔の用例にも、忘れ事や失敗を認識した場面で「これはしたり」と発する例があります。

現代の日常会話で自然さを優先するなら、「しまった」や「やってしまった」に置き換えるほうが普通です。

そのため、実際に「これはしたり」と口にすると、意図的に昔風の話し方をしている印象が強くなります。

小説や創作では、この古風さを利用して人物の個性や時代感を表すこともできます。

意味を判断するときは、「何かを失敗した後に出た言葉か」という点を確認すると分かりやすいでしょう。

相手に一本取られた場面で使う例

「これはしたり」は、自分の単純なミスだけでなく、相手に意表を突かれた場面にもなじみます。

たとえば、勝ったと思っていた勝負で相手に逆転の一手を出された場面を考えてみましょう。

「これはしたり、そこに一手隠していたとは」と言えば、「これはやられた」「一本取られた」という感覚になります。

このような場面では、「しまった」だけでは少し意味が足りません。

失敗への後悔と同時に、相手の予想外の行動に驚いているからです。

「これはしたり」は失敗と驚きの両方を表せるため、こうした複雑な場面にも合います。

現代語に直すなら、「やられた」「その手があったか」「一本取られた」などが近いでしょう。

時代小説や昔風の会話では、単なる「しまった」よりも「これはしたり」と言わせることで、少し芝居がかった味わいを出すことができます。

文章を読む際には、話し手だけでなく相手が何をしたのかにも注目すると、ニュアンスをつかみやすくなります。

思いがけないことに驚いた場面で使う例

「これはしたり」は、失敗していなくても使えます。

意外な人物に出会ったり、予想外の事実を知ったりしたときの「これは驚いた」という意味があるからです。

たとえば、何年も会っていなかった知人と偶然出会った場面なら、「これはしたり、こんなところで会うとは」と表現できます。

現代語なら、「これは驚いた」「まさかここで会うなんて」といった言い方になるでしょう。

泉鏡花の『国貞えがく』でも、会話の中で予想外の褒め言葉を受けた人物が「これはしたり!」と反応しています。

ここからも、「これはしたり」が必ず失敗だけを意味するわけではないことが分かります。

文章中で「これはしたり」を見つけたのに、登場人物が何も失敗していない場合は、「これは驚いた」という意味で読んでみてください。

そのほうが前後の会話が自然につながる場合があります。

時代劇や小説ではどのように使われる?

「これはしたり」は古くから文学や芝居で使われてきたため、現在読むと時代を感じさせる表現になっています。

江戸時代の浄瑠璃だけでなく、近代の小説や翻訳文学でも用例が確認できます。

こうした作品では、人物が予想外の出来事に直面した瞬間に使われることが多く、感情の変化を短いひと言で伝える役割を果たしています。

「しまった」と訳せる場合もあれば、「これは驚いた」「何ということだ」に近い場合もあります。

そのため、時代物の作品を読んでいて「これはしたり」が出てきたら、その直前に何が起きたのかを確認してみてください。

忘れ物や判断ミスがあれば「しまった」です。

知らなかった事実を聞かされたなら「これは驚いた」です。

相手の策にはまったなら「やられた」に近くなります。

一つの現代語へ機械的に置き換えるのではなく、その場面で人物が感じた驚きや後悔を読み取ることが大切です。

現代の日常会話で使うとどんな印象になる?

現在の日常会話で「これはしたり」と言っても、意味を知っている相手なら理解できます。

ただし、「しまった」「驚いた」など、より日常的な表現があるため、普通の会話ではかなり古風な響きを持ちます。

たとえば、スマートフォンを忘れたことに気づいて「これはしたり、家に忘れてきた」と言えば、わざと昔風の口調を使っているように聞こえるでしょう。

その特徴を理解して使うなら、冗談や創作的な言い回しとして楽しむこともできます。

一方、意味を正確に伝えることが優先される仕事上の会話では、「失念していました」「確認不足でした」「驚きました」など、状況に合った現代的な表現を使うほうが誤解を避けられます。

「これはしたり」は間違った日本語だから使われないのではありません。

現在の国語辞典にも見出しとして収録されている言葉ですが、現代の標準的な日常表現とは語感が異なります。

意味だけでなく、この古風な響きまで知っておくと、使う場面を選びやすくなります。

「これはしたり」と似た言葉の意味・違い

「してやったり」と「これはしたり」はどう違う?

「してやったり」と「これはしたり」は、似た「したり」を含んでいますが、実際に使われる場面はかなり違います。

「してやったり」は、自分の狙いや計画がうまくいったときの満足感を表します。

「思いどおりになった」「うまくやった」という成功側の意味です。

一方、「これはしたり」は、失敗に気づいたときの「しまった」や、予想外の出来事に対する「これは驚いた」という意味で使われます。

たとえば、作戦が成功した側なら「してやったり」です。

その作戦にはめられた側なら、「これはしたり」と言える場合があります。

同じ「したり」が入っているのに正反対に見えるのは、「したり」そのものが成功と失敗の両方の場面で使われてきたためです。

この二つを混同しそうになったら、「してやったり=成功した側」、「これはしたり=驚いた側や失敗した側」と分けて覚えると理解しやすいでしょう。

「したり顔」の「したり」は同じ意味?

「したり顔」の「したり」は、「これはしたり」の失敗側ではなく、成功側の意味につながっています。

「したり顔」とは、うまくやったという顔つきや、得意そうな様子を表す言葉です。

たとえば、自分の予想が的中し、得意そうな表情を見せている人を「したり顔で話している」と表現できます。

「知っているような顔」という意味ではない点にも注意が必要です。

「したり」は「知ったり」からできた言葉ではありません。

語源は動詞「す」の連用形「し」と完了の助動詞「たり」です。

したがって、「したり顔」を理解するときは「うまくやったぞ、という顔」と考えると分かりやすくなります。

「これはしたり」は失敗や驚き、「したり顔」は成功による得意げな様子なので、一見すると意味が反対です。

しかし、どちらも「したり」が持つ複数の意味から生まれた関連表現だと分かれば、混乱しにくくなります。

「しまった」と「これはしたり」のニュアンスの違い

「これはしたり」を現代語に言い換える場合、「しまった」は非常に分かりやすい表現です。

ただし、二つが完全に同じというわけではありません。

「しまった」は現在でも日常的に使える自然な言葉で、自分の失敗に気づいたときに幅広く使えます。

「これはしたり」は失敗だけでなく、意外な出来事への驚きを表す場合があります。

また、現代人が「これはしたり」と口にすると、古風で芝居がかった印象も加わります。

たとえば、「しまった、電車に乗り遅れた」なら自然な日常会話です。

「これはしたり、電車に乗り遅れた」とすると、同じ出来事でも話し方そのものに強い個性が出ます。

文章を現代語へ直す場合は、必ず「しまった」に置き換えるのではなく、「驚いた」「やられた」なども候補に入れると原文の意味を保ちやすくなります。

「やられた」と言い換えられる場合もある

「これはしたり」は、相手の策や意外な行動によって自分が不利になった場面では、「やられた」と言い換えられることがあります。

たとえば、自分が完璧だと思っていた計画の弱点を相手に突かれた場面なら、「これはしたり、そこを見抜かれていたか」と言えます。

現代語なら、「やられた、そこを見抜かれていたか」という感覚です。

この場合、「しまった」でも大きくは間違いませんが、「やられた」のほうが相手への驚きまで含めやすくなります。

「これはしたり」には、単なるミスの後悔だけでなく、意外な出来事への驚きも含まれるためです。

翻訳や現代語訳をするときは、単語だけを見るのではなく、「誰が何をして、その結果として発言者がどう感じたのか」を見る必要があります。

相手が原因なら「やられた」、自分の単純な失敗なら「しまった」、予想外の事実なら「これは驚いた」と考えると整理しやすくなります。

「これはこれは」と「これはしたり」は別の表現

「これはしたり」と似た響きの言葉に「これはこれは」があります。

どちらにも「これは」が入っていますが、同じ表現ではありません。

「これはしたり」は、失敗に気づいたときや意外な出来事に驚いたときに使う言葉です。

一方、「これはこれは」は、目の前の人物や出来事に対して驚いたり、感心したり、場合によっては皮肉を込めたりするときにも使われる表現です。

たとえば、思いがけない客が訪ねてきたときの「これはこれは、珍しいお客様ですね」という言い方があります。

「これはしたり」のように、失敗を意味する「しまった」と直接置き換えられる表現ではありません。

似た言葉を見たときは、「したり」が入っているかどうかに注目すると区別しやすくなります。

古風な表現は音の響きが似ているものも多いため、前後の文章と合わせて意味を確認するのが確実です。

「これはしたり」に関するよくある疑問

「これはしたり」は死語?現在でも使われている?

「これはしたり」を完全な死語と言い切るのは適切ではありません。

現在利用できる国語辞典にも見出し語として掲載され、意味や用例が示されています。

一方で、現代の日常生活で失敗した人が普通に「これはしたり」と口にする場面は想像しにくく、「しまった」や「やってしまった」と比べれば明らかに古風な表現です。

このため、「意味が失われた言葉」というより、「現在も意味は通じるものの、日常会話の中心からは外れた古風な言い回し」と捉えるのが分かりやすいでしょう。

近代文学にも実際の使用例が残っているため、古い小説を読む人にとっては知っておく価値があります。

また、昔風の雰囲気を意図的に出したい創作では、このような古風な言葉が表現上の選択肢になることもあります。

「今は使われないから覚える必要がない」と考えるより、文学や古い文章を理解するための語彙として覚えておくと役立ちます。

「これはしたり」は武士が使っていた言葉なの?

「これはしたり」を聞くと、時代劇の武士が使う言葉を思い浮かべる人もいるでしょう。

ただし、「武士だけが使う専用の言葉」と考えるのは正確ではありません。

歴史的な用例は浮世草子や浄瑠璃などにも残っており、さまざまな人物の会話表現として登場しています。

近代になると泉鏡花や夢野久作の文章、二葉亭四迷による翻訳などにも「これはしたり」が見られます。

つまり、特定の身分だけに限定された言葉だったと考える必要はありません。

現代では古い時代を思わせる響きがあるため、結果として武士のセリフのように感じられやすくなっています。

時代劇風の言い回しとして覚えること自体は理解の助けになりますが、「武士語だからこの意味になった」と考えると語源を誤解してしまいます。

言葉そのものは、「す」の連用形「し」と助動詞「たり」から生まれたものです。

「したり」を漢字で書くことはできる?

「これはしたり」は、「此れはしたり」と表記されることがあります。

「これ」の部分には「此れ」や「是」が使われた歴史的な用例もあります。

一方、「したり」の部分は一般に平仮名で表記されます。

そのため、現代の文章であえて漢字を使うなら「此れはしたり」という形が分かりやすいでしょう。

ただし、意味を伝えることが目的なら「これはしたり」とすべて平仮名を使っても問題ありません。

古典や古い作品では時代によって表記が異なるため、「是はしたり」のような形が出てくることもあります。

表記が違っても、文章の中で失敗や驚きを表しているなら、基本的には同じ表現として理解できます。

古い作品を読む際には、現在と漢字の使い方が違うことも珍しくありません。

表記だけで別の言葉と判断せず、読み方と前後の意味を確認することが大切です。

普通の会話やビジネスで使っても大丈夫?

「これはしたり」は日本語として成立している表現なので、使うこと自体が誤りというわけではありません。

ただし、現代の会話ではかなり古風に響くため、意味を正確に伝えることが重要な場面では別の言葉を選ぶほうが適しています。

たとえば、仕事でミスをした場合に「これはしたり」と言うより、「確認が不足していました」「失念していました」「申し訳ありません」と具体的に伝えたほうが状況を正確に説明できます。

「これはしたり」は感情を表す言葉なので、何を間違えたのかまでは説明してくれません。

友人との会話でわざと古風な言い回しを楽しむ場合なら、「これはしたり、傘を忘れた」のように使うこともできます。

小説やゲームなどの創作で、古風な人物の話し方を演出したい場合にも特徴を出しやすい言葉です。

大切なのは、意味が正しいかどうかだけでなく、相手や場面に合った語感かどうかです。

「使える言葉」と「どんな場面でも自然な言葉」は同じではないことを覚えておきましょう。

「これはしたり」の意味を一言で覚えるコツ

最も簡単な覚え方は、「これはしたり=しまった、またはこれは驚いた」です。

まずこの二つを覚えておけば、小説や古い文章で出会ったときにも大きく意味を外しにくくなります。

さらに一歩深く覚えるなら、「したり」だけでは「うまくやった」という成功側の意味もあることをセットにしてください。

「これはしたり」は失敗や驚き。

「してやったり」は成功。

「したり顔」は成功して得意そうな顔。

この三つを並べて覚えると、それぞれの違いが整理しやすくなります。

一見すると難しい古語のようですが、もとをたどれば「した」「やった」という感覚から広がった言葉です。

意味だけでなく成り立ちまで理解しておけば、忘れにくくなるでしょう。

「これはしたり」意味と使い方まとめ

「これはしたり」は、意外な出来事に驚いたときや、自分の失敗に気づいたときに使われる古風な表現です。

現代語なら、「しまった」「これは驚いた」「やられた」「やってしまった」などに置き換えられます。

一方、「したり」単独には「うまくやった」「してやったり」という成功側の意味もあります。

正反対に見える意味を持つ理由は、「したり」が動詞「す」の連用形「し」と完了の助動詞「たり」から生まれ、「した」「やった」という結果への反応として使われてきたことを知ると理解しやすくなります。

江戸時代の浮世草子や浄瑠璃に用例があり、近代文学でも実際に使われているため、単なる時代劇用の作り言葉ではありません。

「これはしたり」を見かけたら、まず「しまった」か「これは驚いた」と置き換えてみてください。

そのうえで、失敗したのか、相手に意表を突かれたのか、純粋に驚いているのかを前後の文章から判断すると、その場面のニュアンスまで分かるようになります。

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