「中華民国と中華人民共和国は、名前が少し違うだけなのか」と疑問に感じたことはないでしょうか。
中華民国は台湾の正式名称として現在も使われていますが、もともとは1912年に中国大陸で成立した国家です。
一方の中華人民共和国は、国共内戦を経て1949年に成立しました。
現在は台湾側と中国大陸側で、政府、憲法、選挙、通貨、旅券、法律がそれぞれ別に運用されています。
しかし、中華人民共和国政府は台湾を自国領の一部と主張し、台湾の国際的な立場も国連、外交、スポーツ大会によって異なります。
この記事では、両者の基本的な違いから分裂に至った歴史、「一つの中国」、国連総会決議2758号、日本との関係まで、事実と各政府の主張を分けながら分かりやすく解説します。
中華民国と中華人民共和国の違いを先に結論
中華民国は台湾側、中華人民共和国は中国大陸側を統治している
中華民国と中華人民共和国は、名前こそ似ていますが、現在は異なる政府、憲法、法律、通貨、旅券を持つ別々の統治体制です。
中華民国政府は現在、台湾、澎湖、金門、馬祖などを実際に統治しています。
台湾側の総統府も、中華民国政府の管轄地域として台湾、澎湖、金門、馬祖を挙げています。
一方の中華人民共和国は、1949年10月1日に成立し、北京に中央政府を置いて中国大陸を統治しています。
中華人民共和国政府は台湾を自国の領土の一部と主張していますが、台湾の行政、選挙、徴税、警察、裁判などを中華人民共和国政府が行っているわけではありません。
現在の台湾では中華民国憲法と台湾側の法律に基づく行政が行われ、総統や立法委員も台湾の有権者による選挙で選ばれています。
したがって、現在の実態を簡単に整理すると、中華民国政府が台湾側を統治し、中華人民共和国政府が中国大陸側を統治している状態です。
ただし、中華人民共和国政府はこの状態を二つの独立国家が並立しているとは認めず、「中国は一つであり、台湾は中国の一部」という立場を取っています。
台湾側では、中華民国と中華人民共和国は互いに相手を統治していないという現実を重視する考え方が示されています。
このように、実際の統治状況と、それぞれの政府が示す政治的な主張を分けて理解することが大切です。
成立年・統治地域・政治制度・通貨の違いを比較
両者の基本的な違いを表にすると、次のようになります。
| 比較する点 | 中華民国 | 中華人民共和国 |
|---|---|---|
| 英語名 | Republic of China | People’s Republic of China |
| 略称 | ROC | PRC |
| 成立 | 1912年 | 1949年 |
| 現在の主な統治地域 | 台湾、澎湖、金門、馬祖など | 中国大陸、香港、マカオ |
| 中央政府所在地 | 台北 | 北京 |
| 政治制度 | 総統を有権者が直接選ぶ複数政党制 | 中国共産党の指導を憲法に明記する社会主義体制 |
| 通貨 | ニュー台湾ドル | 人民元 |
| 主に使われる漢字 | 繁体字 | 規範漢字を中心とする簡体字 |
| 旅券 | 中華民国旅券 | 中華人民共和国旅券 |
| 国連での中国代表権 | 1971年に喪失 | 1971年から保持 |
中華民国は1912年に中国大陸で成立しました。
それに対し、中華人民共和国は国共内戦を経た1949年に成立しています。
台湾では、総統と副総統が有権者の直接投票によって選ばれます。
中華民国憲法の追加条文では、総統と副総統を自由地区の住民が直接選挙し、任期を4年とすることが定められています。
中華人民共和国憲法は、社会主義制度を国家の根本制度とし、中国共産党の指導を中国の特色ある社会主義の本質的特徴と定めています。
通貨も共通ではありません。
台湾側ではニュー台湾ドルが発行され、中国大陸側では人民元が法定通貨として使われています。
そのため、中国大陸から台湾へ移動するときも、台湾から中国大陸へ移動するときも、外国への移動に近い出入境手続きや通貨交換が必要になります。
「中国」「台湾」「中華民国」はどう使い分けるのか
日常会話やニュースで使われる「中国」は、通常、中華人民共和国を指します。
日本政府の統計や外交文書でも、一般に中華人民共和国を「中国」、台湾側を「台湾」と表記しています。
一方、台湾で使われている正式な国号は中華民国です。
台湾政府の公式機関や旅券には、現在も「Republic of China」または「Republic of China(Taiwan)」という名称が使われています。
つまり、「台湾」は主に地域名や一般的な呼称として使われ、「中華民国」は政府や憲法上の正式名称として使われています。
台湾の旅券では、英語の「TAIWAN」が大きく表示され、その周囲に正式名称である「REPUBLIC OF CHINA」が配置されています。
このデザインは、台湾の旅券を中華人民共和国の旅券と取り違えられにくくする目的で採用されました。
ただし、「中国」という言葉は歴史的、文化的、政治的に複数の意味を持っています。
1912年から1949年までの歴史を説明する場合には、中華民国政府が中国大陸を統治していた時代を「中国」と表現することもあります。
現在の政治や旅行の話で「中国」と言えば中華人民共和国を指すことが多いため、歴史上の中国なのか、現在の中華人民共和国なのかを文脈から判断する必要があります。
なぜ中華民国と中華人民共和国が存在するのか
1912年に清が滅び中華民国が成立した
中華民国の歴史は、1912年から始まります。
当時の中国では、満州族が建てた清が国家を統治していました。
1911年に各地で革命運動が広がり、翌1912年1月に南京で中華民国の臨時政府が成立しました。
孫文が臨時大総統に就任し、同年2月には清の最後の皇帝である宣統帝が退位しました。
ここで注意したいのは、中華民国が台湾で誕生した国ではないという点です。
中華民国は中国大陸で成立し、南京や北京などに政府を置いた国家でした。
1912年当時の台湾は日本の統治下にあり、中華民国政府の統治地域ではありませんでした。
台湾が日本の統治下に入ったのは、日清戦争後の1895年に結ばれた下関条約によるものです。
日本による台湾統治は、第二次世界大戦が終わる1945年まで続きました。
中華民国政府は日本の降伏後、台湾で行政を開始しました。
つまり、中華民国の成立と、現在の台湾を中心とする中華民国政府の姿との間には、長い歴史的な変化があります。
「中華民国は最初から台湾の国だった」と理解すると、その後の国共内戦や国際社会での代表権の問題が分かりにくくなります。
まずは、中国大陸で1912年に中華民国が成立したという出発点を押さえておきましょう。
国民党と共産党の内戦を経て1949年に中華人民共和国が成立した
中華民国成立後の中国では、国内の政治がすぐに安定したわけではありません。
各地の軍事勢力が争い、国民党と中国共産党も協力と対立を繰り返しました。
国民党は孫文の思想を引き継ぐ政治勢力として中華民国政府を運営し、中国共産党は1921年に結成されました。
両者は日本との戦争中には協力する時期もありましたが、第二次世界大戦後に再び激しく争います。
1946年以降、国民党軍と共産党軍の戦いが中国大陸全体に広がりました。
戦況は次第に中国共産党側が優勢となり、国民党が率いる中華民国政府は大陸での支配地域を失っていきます。
1949年10月1日、毛沢東は北京で中華人民共和国の成立を宣言しました。
このとき、中華民国という国号が正式に消滅したわけではありません。
中華民国政府は台湾へ移り、政府機関、軍、法律、通貨などを維持しました。
その結果、1949年以降は、北京に中華人民共和国政府、台北に中華民国政府が存在する状態になりました。
同じ中国大陸の統治権をめぐる内戦から二つの政府が生まれたため、朝鮮半島のように合意された国境線を引いて二つの国家が成立したケースとは経緯が異なります。
中華人民共和国政府は国民党政権に代わる中国唯一の合法政府であると主張し、中華民国政府も長い間、自らが中国を代表する政府であると主張していました。
この代表権争いが、後の国連や各国との外交関係に大きく影響します。
中華民国政府が台湾へ移り別々の統治が続いた
1949年、中華民国政府は国共内戦の中で台湾へ移りました。
台湾へ移ったのは政府関係者や軍人だけではありません。
多くの一般市民も中国大陸から台湾へ渡り、台湾の社会、文化、言語、政治に大きな影響を与えました。
中華民国政府は台湾へ移った後も、憲法、政府組織、軍、司法制度を維持しました。
一方、中華人民共和国政府は中国大陸に新しい行政機関と法制度を整えました。
台湾海峡を挟んだ双方は、それぞれ異なる法律と行政機関によって社会を運営するようになります。
台湾では長期間にわたり戒厳令が敷かれ、国民党を中心とする強い統治が続きました。
その後、1987年に戒厳令が解除され、1990年代には憲法改正や議会の全面改選が進みました。
1996年には台湾の有権者による初めての総統直接選挙が実施されました。
その後は複数の政党が選挙で政権を争い、政権交代も行われています。
中国大陸では、中華人民共和国憲法に中国共産党の指導が明記され、全国人民代表大会と地方の人民代表大会を中心とする制度が採用されています。
このように、1949年から現在まで、台湾側と中国大陸側は別々の政治制度を発展させてきました。
現在の違いは単なる呼び名の違いではなく、70年以上にわたって別々に運営されてきた結果なのです。
現在の中華民国と中華人民共和国を詳しく比較
統治地域・政府所在地・行政制度が異なる
中華民国政府が実際に行政を行っているのは、台湾本島、澎湖、金門、馬祖などです。
中央政府の主要機関は台北に置かれています。
ただし、中華民国憲法の領土に関する表現と、政府が現在実際に統治している地域は、必ずしも同じ形で整理されているわけではありません。
中華民国憲法の追加条文では、現在の選挙や統治に関わる地域を「中華民国自由地区」と表現しています。
台湾側の法律では、台湾、澎湖、金門、馬祖などを「台湾地区」として扱い、それ以外の中国大陸側を「大陸地区」と区別する仕組みもあります。
一方、中華人民共和国の中央政府は北京に置かれています。
中国大陸の省、自治区、直轄市に加え、香港とマカオには特別行政区が設けられています。
中華人民共和国政府は台湾も自国の領土の一部だと主張していますが、台湾には中華人民共和国の省政府、警察、裁判所、税務機関が置かれていません。
台湾側の住民は台湾側の法律に従い、中国大陸側の住民は中華人民共和国の法律に従って生活しています。
そのため、結婚、相続、会社設立、税金、刑事手続きなどの制度も共通ではありません。
台湾海峡を越えて人や物が移動するときには、双方が定める出入境、通関、送金、投資などの手続きが必要です。
地図上では近い位置にありますが、行政上は一つの政府が連続して管理している地域ではないことが分かります。
総統直接選挙と中国共産党の指導体制には大きな違いがある
台湾では、総統と副総統を有権者が直接選びます。
総統選挙では、総統候補と副総統候補が一組になって立候補し、最も多くの票を得た組が当選します。
任期は4年で、連続して再選できるのは1回までです。
立法を担当する立法院の議員も選挙で選ばれます。
政党は選挙で議席や政権を争うため、選挙結果によって与党が変わることがあります。
これに対し、中華人民共和国憲法は、中国共産党の指導を国家体制の重要な特徴として明記しています。
国家権力を行使する機関としては、全国人民代表大会と各級の地方人民代表大会が定められています。
行政機関、監察機関、裁判機関、検察機関は、人民代表大会によって組織され、人民代表大会に対して責任を負う仕組みです。
中華人民共和国にも中国共産党以外の政党は存在しますが、中国共産党と政権を競い、選挙結果によって与党と野党が交代する制度ではありません。
また、国家主席を全国の有権者が直接投票で選ぶ制度でもありません。
このため、台湾と中国大陸の政治制度は、選挙の方法だけでなく、政党の役割や権力の成り立ちにも大きな違いがあります。
どちらも自国の制度を「民主」と説明することがありますが、台湾で使われる複数政党による競争選挙と、中華人民共和国が採用する人民代表大会制度は同じ仕組みではありません。
政治制度を比べるときは、名称だけでなく、誰が指導者を選ぶのか、政権交代がどのように行われるのかまで確認する必要があります。
通貨・文字・旅券・法律もそれぞれ別に運用されている
台湾側ではニュー台湾ドルが使われています。
台湾の中央銀行は、100元、200元、500元、1000元、2000元の紙幣や、複数の硬貨を発行しています。
中国大陸で使われる通貨は人民元で、基本単位は元です。
同じ「元」という言葉を使う場面があっても、ニュー台湾ドルと人民元は別の通貨です。
為替レートも異なり、台湾で中国大陸の人民元をそのまま通常の支払いに使えるわけではありません。
文字にも違いがあります。
台湾では、従来の字形を保つ繁体字が現在も使われています。
中国大陸では、国家機関などが標準的な書き言葉として規範漢字を使用することが法律で定められています。
「台湾」と「臺灣」、「国」と「國」、「学」と「學」など、同じ意味でも字の形が異なる例があります。
会話では双方とも中国語の普通話や華語を使う人が多いため、日常的な意思疎通が可能な場合は少なくありません。
ただし、台湾では台湾語、客家語、先住民族の言語なども使われ、地域や家庭によって言語環境は異なります。
旅券も別々に発行されています。
台湾側は中華民国旅券を発行し、中国大陸側は中華人民共和国旅券を発行しています。
中華民国旅券の所持者と中華人民共和国旅券の所持者は、国際的にも別の旅券所持者として入国審査を受けます。
法律、裁判所、警察、税制、社会保障制度も別々であり、現在の生活実態は一つの国内制度として統一されていません。
台湾の国際的な立場と「一つの中国」
「一つの中国原則」と各国の政策は同じ意味ではない
中華人民共和国政府が掲げる「一つの中国原則」は、三つの内容を基本としています。
世界に中国は一つしかなく、台湾は中国の一部であり、中華人民共和国政府が中国全体を代表する唯一の合法政府であるという立場です。
中華人民共和国は、他国が自国と外交関係を結ぶ際にも、この原則を政治的な基礎として扱っています。
ただし、各国が採用している対中政策の言葉や内容は完全に同じではありません。
たとえば日本政府は1972年の日中共同声明で、中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認しました。
台湾については、中華人民共和国政府が「台湾は中華人民共和国の領土の不可分の一部である」と表明したことに対し、日本政府がその立場を「十分理解し、尊重する」と記しています。
ここでは、日本政府が台湾に対する中華人民共和国の主権を自ら明確に承認したという書き方にはなっていません。
「承認する」と「理解し、尊重する」は外交文書上の表現が異なります。
この違いを無視して、日本も中華人民共和国とまったく同じ主張をしていると説明すると正確ではありません。
各国の「一つの中国政策」は、それぞれが中華人民共和国と結んだ共同声明や国内法、台湾との関係によって内容が異なります。
そのため、「一つの中国」という言葉を見たときは、中華人民共和国の原則なのか、日本や別の国の外交政策なのかを確認する必要があります。
同じような言葉でも、台湾の法的地位や台湾との交流をどこまで認めるかについては違いがあるからです。
国連総会決議2758号で決まったこと
1971年10月25日、国連総会は決議2758号を採択しました。
決議は、中華人民共和国の国連における権利を回復し、中華人民共和国政府の代表を国連における中国の唯一の合法的な代表として認めました。
同時に、蒋介石の代表を国連と国連関連機関から追放することを決定しました。
この決議によって、国連で「中国」を代表する席は中華民国政府から中華人民共和国政府へ移りました。
中華人民共和国は安全保障理事会の常任理事国としても中国の席を引き継ぎました。
ただし、決議の原文には「Taiwan」という単語は書かれていません。
台湾の主権がどの国に属するか、台湾の住民を誰が代表するか、台湾が別の名称で国連へ参加できるかについても、原文で個別に規定していません。
中華人民共和国政府は、決議2758号によって台湾を含む中国全体の国連代表権が最終的に解決されたと解釈しています。
これに対し、台湾側は、この決議は台湾の主権や台湾住民の国連参加まで決定したものではないと主張しています。
つまり、決議の本文そのものと、各政府による決議の解釈は分けて読む必要があります。
本文から確実に言えるのは、1971年以降、国連における中国の代表権を中華人民共和国政府が持っているということです。
一方、決議が台湾の法的地位をどこまで決めたのかについては、中華人民共和国側と台湾側で見解が一致していません。
台湾の国交・実務関係・チャイニーズタイペイという名称
台湾側と正式な外交関係を結ぶ国は限られています。
台湾外交部の現行一覧には、マーシャル諸島、パラオ、ツバル、エスワティニ、ローマ教皇庁、ベリーズ、グアテマラ、ハイチ、パラグアイ、セントクリストファー・ネービス、セントルシア、セントビンセント及びグレナディーン諸島が掲載されています。
合計すると、正式な外交関係先は12です。
ただし、正式な国交がないことと、交流がまったくないことは同じではありません。
日本、アメリカ、ヨーロッパ諸国などは、台湾と正式な外交関係を結んでいなくても、貿易、投資、観光、教育、文化などで実務的な関係を築いています。
台湾は国際機関やスポーツ大会に参加する際、正式名称である中華民国や一般的な呼称である台湾を使えない場合があります。
オリンピックでは「チャイニーズタイペイ」という名称が使われています。
国際オリンピック委員会と台湾側のオリンピック委員会は1981年に合意し、「Chinese Taipei Olympic Committee」という名称を用いる現在の参加方式を整えました。
この方式では、中華民国の国旗や国歌ではなく、オリンピック用の旗と歌が使用されます。
「チャイニーズタイペイ」は台湾の正式な国号ではありません。
中華人民共和国と中華民国の双方が関係する政治的な対立を避けながら、台湾の選手が大会へ参加するために作られた名称です。
そのほか、世界貿易機関では「台湾・澎湖・金門・馬祖個別関税領域」に相当する名称が使われています。
台湾に複数の国際名称があるのは、台湾の統治実態と国際的な承認関係が一致していないためです。
日本との関係とよくある疑問
日本が1972年に中華人民共和国と国交を結んだ経緯
日本は第二次世界大戦後、台北の中華民国政府と外交関係を持っていました。
しかし、国際社会では次第に中華人民共和国を中国の政府として承認する国が増えていきました。
1971年には国連総会決議2758号が採択され、国連における中国代表権が中華人民共和国へ移りました。
翌1972年9月29日、日本政府と中華人民共和国政府は日中共同声明を発表しました。
日本政府は中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認し、同日から両国の外交関係を樹立しました。
これにともない、日本と中華民国との正式な外交関係は終了しました。
ただし、日本が台湾とのあらゆる関係を断ち切ったわけではありません。
日中共同声明にも、貿易、航空、漁業などの交流について、既存の民間的な取り決めを考慮しながら進める考えが記されています。
その後、日本と台湾は政府間の正式な外交ではなく、民間の窓口機関を通じて実務関係を維持する仕組みを整えました。
現在の日中関係の法的、政治的な基礎は1972年の日中共同声明にあります。
一方、日本と台湾の人や企業の交流は、その共同声明と両立する非政府間の実務関係として続けられています。
「日本は中国と国交があるから台湾とは無関係」という理解も、「日本は台湾を正式な国家として承認している」という理解も、どちらも正確ではありません。
日本と台湾が正式な国交なしで交流できる理由
日本と台湾の関係は、非政府間の実務関係という形で運営されています。
日本側の窓口は日本台湾交流協会で、台湾側の窓口は台湾日本関係協会です。
これらの機関は、査証、経済、文化、人的交流など、一般の大使館や領事館が担う業務に近い役割を果たしています。
ただし、法的な位置づけは正式な外交使節ではありません。
日本外務省は、台湾を自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった価値を共有する重要なパートナーであり、大切な友人と位置づけています。
同時に、日本と台湾の関係は、1972年の日中共同声明を踏まえた非政府間の実務関係として維持されていると説明しています。
この仕組みによって、正式な国交がなくても、観光、留学、企業活動、航空便、文化交流などを続けることができます。
日本人が台湾へ旅行でき、台湾の人が日本へ旅行できるのも、双方が入国制度や航空関係を実務的に整えているためです。
企業同士の契約や商品の輸出入も、国交の有無だけで決まるわけではありません。
必要な法制度、通関、金融、交通の仕組みがあれば、正式な外交関係がなくても幅広い交流は可能です。
台湾には日本台湾交流協会の台北事務所や高雄事務所があり、日本には台湾側の代表機関が置かれています。
外見上は大使館に近い仕事をしていますが、正式名称や法的な立場を使い分けることで、日本の対中政策と台湾との実務交流を両立させています。
台湾は国なのか、中華民国は現在も存在するのか
「台湾は国なのか」という疑問には、何を基準にするかによって答え方が変わります。
実際の統治という面では、台湾には独自の政府、憲法、軍、警察、裁判所、税制、通貨、旅券、選挙制度があります。
総統と国会議員に相当する立法委員は台湾の有権者が選び、中華人民共和国政府の指示を受けずに行政が行われています。
この実態を重視すれば、台湾は国家として機能していると説明できます。
一方、外交上は台湾と正式な国交を持つ相手が限られ、国連における中国の代表権は中華人民共和国政府が持っています。
中華人民共和国政府は台湾を独立国家とは認めず、自国領の一部だと主張しています。
そのため、国際的に広く正式承認された国家なのかという意味では、一般的な国とは異なる複雑な立場にあります。
「台湾は国ではない」とだけ断定すると、独自の政府が台湾を統治している現実を説明できません。
反対に、「台湾は世界中から正式承認された通常の国家である」と説明すると、国交や国連での扱いを正確に表せません。
中華民国が現在も存在するのかという問いには、存在していると答えられます。
台湾側の政府は現在も中華民国憲法に基づいて運営され、旅券や政府機関にも中華民国という名称が使われています。
ただし、現在の中華民国政府が実際に統治しているのは台湾、澎湖、金門、馬祖などで、中国大陸を統治しているわけではありません。
両者の違いを一言で表すなら、「中華民国は現在の台湾側を統治する政府の正式名称であり、中華人民共和国は中国大陸側を統治する政府の正式名称」です。
中華民国と中華人民共和国の違いまとめ
中華民国と中華人民共和国は、同じ中国近代史の中から生まれましたが、現在は別々の政府として異なる地域を統治しています。
中華民国は1912年に中国大陸で成立し、1949年に政府が台湾へ移りました。
中華人民共和国は国共内戦を経て1949年に成立し、中国大陸を統治しています。
台湾側では中華民国憲法に基づく選挙が行われ、ニュー台湾ドルや中華民国旅券が使われています。
中国大陸側では、中華人民共和国憲法に中国共産党の指導が明記され、人民元や中華人民共和国旅券が使われています。
1971年以降、国連における中国の代表権は中華人民共和国政府が持っていますが、決議2758号が台湾の法的地位をどこまで決めたかについては双方の解釈が異なります。
日本は1972年に中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認し、台湾とは非政府間の実務関係を維持しています。
ニュースを読むときは、現在の統治実態、各政府の政治的主張、国際社会での外交上の扱いを分けて考えることが重要です。
この三つを混同しなければ、中国と台湾をめぐる複雑なニュースも理解しやすくなります。
- HISTORY (台湾政府ポータル)
- TAIWAN at a Glance 2023-2024 (中華民国外交部)
- Founding Father (中華民国総統府)
- Additional Articles of the Constitution of the Republic of China (中華民国総統府)
- President Lee Gives National Day Message (中華民国総統府)
- President Lai Delivers 2024 National Day Address (中華民国総統府)
- President Ma Meets Foreign Scholars Attending International Seminar Focusing on the Development of Democracy in the ROC over the Past Century (中華民国総統府)
- President Ma Attends Opening of the 2012 Thematic Congress of the International Academy of Comparative Law (中華民国総統府)
- President Chen Shui-bian’s 2007 National Day Address (中華民国総統府)
- The People’s Republic of China Is Founded on Oct. 1, 1949, with a Grand Ceremony Held at Tian’anmen Square in Beijing (中国人民政治協商会議)
- New Democratic Revolution Period (1919-1949) (中華人民共和国政府関連機関)
- Color Footage of the Founding Ceremony of the People’s Republic of China (中華人民共和国外交部)
- Constitution of the People’s Republic of China (中華人民共和国中央人民政府)
- Foreign Ministry Spokesperson Mao Ning’s Regular Press Conference on January 16, 2024 (中華人民共和国外交部)
- New Taiwan Dollar Notes and Coins (中華民国中央銀行)
- Chinese Currency (重慶市人民政府)
- Chinese Language Centers in Taiwan (中華民国教育部)
- Law on the Standard Spoken and Written Chinese Language of the People’s Republic of China (中華人民共和国教育部)
- MOFA to Release New Passport to Highlight TAIWAN in January 2021 (中華民国外交部領事事務局)
- MOFA to Release New Version of E-passport as of January 11, 2021 (中華民国外交部領事事務局)
- Restoration of the Lawful Rights of the People’s Republic of China in the United Nations (国際連合総会決議2758号)
- Diplomatic Allies (中華民国外交部)
- The IOC and the China Issue at the 1976 Montreal Olympic Games (国際オリンピック委員会)
- Joint Communique of the Government of Japan and the Government of the People’s Republic of China (日本国外務省)
- Taiwan (Basic Data) (日本国外務省)
