「〇〇様はおられますか」と電話で尋ねた後、本当に正しい敬語だったのか不安になった経験はないでしょうか。
「おられる」と「いらっしゃる」は、どちらも丁寧に聞こえるため、違いが分かりにくい言葉です。
調べてみると、「おられるは間違い」「どちらも使える」など異なる説明があり、さらに迷ってしまう人もいるでしょう。
実は、この問題は単純な正誤だけでは解決できません。
共通語の敬語としての仕組み、地域による「おる」の使われ方、聞き手が受ける印象を分けて考える必要があります。
この記事では、文化審議会の「敬語の指針」や文化庁の「国語に関する世論調査」などを基に、二つの言葉の違いを分かりやすく解説します。
電話、メール、接客、社内外の会話ですぐに使える例文も紹介するので、場面に合った自然な敬語を選べるようになります。
「おられる」と「いらっしゃる」の違いを先に解決
結論:迷ったときは「いらっしゃる」が無難
「おられる」と「いらっしゃる」は、どちらも目上の人や相手側の人が「いる」ことを表す場面で使われています。
ただし、仕事、お客様対応、初対面の相手との会話など、言葉遣いで失敗したくない場面では「いらっしゃる」を選ぶのが無難です。
文化審議会の「敬語の指針」では、「いらっしゃる」が尊敬語の代表例として挙げられています。
相手側や第三者の行為、状態などを、その人物を立てながら述べる言葉です。
さらに「いらっしゃる」は、「行く」「来る」「いる」の尊敬語として使えることも明記されています。
一方の「おられる」は、使う人や地域によって評価が分かれます。
自然な尊敬表現として使う人がいる一方で、「おる」は自分側について使う丁重な言葉なのに、目上の人へ使うのは不自然だと感じる人もいます。
文化庁の調査でも、「先生は心配しておられたよ」という言い方について、43.1%が「気になる」、51.8%が「気にならない」と回答しています。
半数以上は気にならないと答えていますが、4割を超える人が違和感を持つ表現でもあります。
つまり、「おられる」を一律に誤りと決めつけるのも、「誰に使っても問題ない」と考えるのも適切ではありません。
正しさについて意見が分かれる言葉だからこそ、広い相手に違和感なく伝わりやすい「いらっしゃる」が安全なのです。
「おられる」と「いらっしゃる」の違いを比較表で確認
二つの言葉の違いを簡単に整理すると、次のようになります。
| 比較する点 | おられる | いらっしゃる |
|---|---|---|
| 基本的な意味 | いる、または何かをしている | いる、行く、来る |
| 言葉の形 | おる+尊敬の「れる」 | 独立した尊敬語 |
| 受け取られ方 | 自然と感じる人と違和感を持つ人がいる | 標準的な尊敬語として通じやすい |
| 地域による差 | 出やすい | 比較的出にくい |
| ビジネスでの使いやすさ | 相手によっては避けたほうがよい | 幅広い相手に使いやすい |
| 例 | 先生は研究室におられます | 先生は研究室にいらっしゃいます |
最も大きな違いは、単なる意味ではなく、言葉が作られる仕組みと受け取られ方にあります。
「いらっしゃる」は、文化審議会が尊敬語の代表例として示している言葉です。
そのため、目上の人やお客様について述べる表現として、迷わず使いやすいという特徴があります。
「おられる」は、「おる」に尊敬を表す「れる」が付いた形です。
しかし、「おる」は共通語の敬語体系では、自分側のことを相手に丁重に述べる謙譲語Ⅱに分類されています。
このため、相手を立てる尊敬の働きと、自分側を丁重に述べる働きが一つの形に含まれているように見え、違和感につながることがあります。
ただし、地域によっては「おる」が謙譲の意味を持たない普通の「いる」として使われます。
その感覚では、「おる」に尊敬の「れる」を付けた「おられる」も自然に理解できます。
言葉を選ぶときは、辞書的な意味だけではなく、誰に向けて使うのかまで考えることが大切です。
「おられる」の意味と成り立ち
「おられる」は、「おる」と「れる」に分けて考えられます。
「れる」には、受け身、可能、自発、尊敬などの働きがあります。
「先生がおられる」のような文では、一般に尊敬の働きとして理解されます。
問題になりやすいのは、その前にある「おる」の位置付けです。
文化審議会の「敬語の指針」では、「おる」を「参る」「申す」「いたす」と同じ謙譲語Ⅱに分類しています。
謙譲語Ⅱとは、自分側の行為や状態などを、話や文章の相手に対して丁重に述べる言葉です。
たとえば、電話で自分について「本日は事務所におります」と言うのは自然です。
自社の担当者について、社外の人へ「担当の田中は会議室におります」と伝える場合にも使えます。
どちらも、自分または自分側の人物について丁重に述べているからです。
これに対して、「お客様がおられます」と言うと、相手側の人物に謙譲語Ⅱの「おる」を使ったように見えます。
そこへ尊敬の「れる」が付くため、人によっては敬語の方向がかみ合っていないと感じます。
ただし、「おる」を謙譲語ではなく、地域の日常語としての「いる」と捉えている人には、この矛盾が生じません。
「おられる」の評価が分かれる背景には、同じ「おる」という言葉でも、話す人によって出発点となる意味が異なる事情があります。
「いらっしゃる」の意味と成り立ち
「いらっしゃる」は、相手側や第三者を立てて述べる尊敬語です。
文化審議会は「いらっしゃる」を、「おっしゃる」「なさる」「召し上がる」などと並ぶ尊敬語の例として示しています。
「いる」を機械的に変化させて作るのではなく、言葉そのものを別の尊敬語へ置き換える表現です。
「食べる」を「召し上がる」、「言う」を「おっしゃる」と言い換えるのと同じ種類だと考えると分かりやすいでしょう。
たとえば、「先生は教室にいる」を丁寧な尊敬表現にすると、「先生は教室にいらっしゃる」となります。
「社長がこちらに来る」は、「社長がこちらにいらっしゃる」と言い換えられます。
「来週、先生は京都へ行く」は、「来週、先生は京都へいらっしゃる」と表現できます。
一つの言葉で複数の意味を持つため、前後の内容から「いる」「行く」「来る」のどれなのかを判断します。
初めは紛らわしく感じるかもしれませんが、実際の会話では場所を表す言葉や日時が付くため、意味を取り違えることはほとんどありません。
敬語としての位置付けが明確で、地域や世代を問わず理解されやすいことが、「いらっしゃる」の大きな強みです。
「いる・行く・来る」で変わる「いらっしゃる」の意味
「いらっしゃる」には、「いる」「行く」「来る」という三つの意味があります。
この点は文化審議会の「敬語の指針」にも明記されています。
「田中様は応接室にいらっしゃいます」では、「応接室にいる」という意味です。
「部長は午後から大阪へいらっしゃいます」では、「大阪へ行く」という意味になります。
「先生は明日、こちらへいらっしゃいます」なら、「こちらへ来る」という意味です。
意味を見分ける手掛かりは、助詞と場所の関係です。
「会議室にいらっしゃる」のように、存在する場所を「に」で示していれば、「いる」と考えられます。
「東京へいらっしゃる」のように、移動する方向を「へ」で示していれば、「行く」または「来る」の意味です。
行くのか来るのかは、話している人がどこを基準にしているかで決まります。
「明日は本社へいらっしゃいますか」と支店で尋ねれば、「本社へ行きますか」という意味になります。
本社で待っている人が「明日は本社へいらっしゃいますか」と尋ねれば、「本社へ来ますか」と受け取れます。
曖昧さを避けたい場合は、「お越しになる」「お出掛けになる」など、移動の方向が伝わりやすい表現へ言い換える方法もあります。
「おられる」は正しい敬語なのか
「おられる」は必ずしも間違いとはいえない
「おられる」を正しい敬語と呼べるかどうかは、何を基準にするかで答えが変わります。
共通語の敬語体系だけを基準にすると、「おる」は基本的に自分側について使う謙譲語Ⅱです。
そのため、目上の人に「おる」を使い、さらに尊敬の「れる」を付ける形に違和感が生じます。
一方で、実際の日本語では「おられる」が尊敬表現として広く使われています。
文化庁の平成10年度調査では、「先生は心配しておられたよ」を気にしない人が51.8%で、気になる人の43.1%を上回りました。
平成9年度調査で示された「総務課の武田さんは、どちらにおられますか」という表現についても、「敬語が正しく使われていないと思う」と答えた人は30.0%でした。
反対に考えれば、調査対象者の全員が誤りと判断したわけではありません。
また、日本の敬語には地域差があり、共通語とは異なる尊敬表現や身内への敬語が使われる地域もあります。
国立国語研究所の全国調査でも、尊敬語や丁寧語の仕組みが地域によって異なることが確認されています。
これらの事実を踏まえると、「おられる」を全国一律の誤りだと断定するのは慎重であるべきでしょう。
ただし、正誤の議論がある表現を、重要な接客やビジネス文書であえて選ぶ必要もありません。
実用面では、「いらっしゃる」へ言い換えることで問題を避けられます。
「おる」は謙譲語だから相手に使えない、は本当?
共通語の敬語として考えれば、「おる」は基本的に自分側の行為や状態を丁重に述べる言葉です。
文化審議会は「おる」を謙譲語Ⅱに分類し、相手側や立てるべき人物の行為には使えないと説明しています。
そのため、「私は事務所におります」は適切です。
「弊社の担当者は別室におります」も、自分側の人物について述べているため自然です。
一方、「先生は研究室におる」と言えば、共通語では先生を低く扱っているように聞こえます。
ここまで考えると、「先生は研究室におられる」も使えないように思えるでしょう。
しかし、「おられる」では、後ろの「れる」が尊敬の働きをしています。
さらに、地域によっては「おる」自体がへりくだった言葉ではなく、単に「いる」を意味する日常語として使われます。
この場合は、普通の「おる」に尊敬の「れる」を付けた形として理解できます。
つまり、「おるは謙譲語だから、相手に関係するすべての表現で使用禁止」と覚えると、実際の言葉の使われ方を十分に説明できません。
共通語として確実に使い分けるなら、自分側には「おります」、相手側や目上の人には「いらっしゃいます」と覚えるのが簡単です。
この使い分けなら、地域による感覚の違いがある相手にも意図が伝わりやすくなります。
「おられる」を二重敬語と考える必要はある?
「おられる」を二重敬語と説明することがありますが、文化審議会が示す二重敬語の定義には、そのまま当てはまりません。
「敬語の指針」では、一つの言葉に同じ種類の敬語を二重に使ったものを二重敬語としています。
例として挙げられているのは、「読む」を「お読みになる」と尊敬語にしたうえで、さらに尊敬の「れる」を加えた「お読みになられる」です。
「いらっしゃられる」も、すでに尊敬語である「いらっしゃる」に、尊敬の「られる」を重ねた形なので、同じ考え方で避けられます。
一方、「おられる」を共通語の仕組みで分けると、謙譲語Ⅱの「おる」と尊敬の「れる」の組み合わせです。
同じ種類の敬語を二つ重ねた形ではないため、厳密な意味での二重敬語とは異なります。
問題になるのは、二重になっていることではなく、相手を立てる尊敬の働きと、自分側を丁重に述べる働きが同じ言葉の中で衝突しているように感じられる点です。
ただし、「おる」を謙譲語ではない地域の日常語として捉える場合、この衝突は起こりません。
したがって、「おられるは二重敬語だから絶対に誤り」と説明するより、「共通語では敬語の方向が分かりにくく、違和感を持つ人がいる」と説明するほうが実態に近いでしょう。
「おられる」に違和感を持つ人がいる理由
違和感が生まれる主な理由は、「おる」という言葉に対する認識が人によって異なることです。
「おる」を「いる」の謙譲語として学んだ人は、「先生がおる」という土台そのものに不自然さを感じます。
そこに尊敬の「れる」を付けても、低く表した後で高くしているように聞こえるため、すっきりしません。
文化庁の平成10年度調査では、「先生は心配しておられたよ」に対して43.1%が「気になる」と回答しました。
平成9年度調査の「総務課の武田さんは、どちらにおられますか」では、30.0%が敬語を正しく使っていないと思うと答えています。
注目したいのは、違和感を持つ人が少数とは言い切れない点です。
10人に話せば、そのうち何人かが不自然だと感じる可能性があります。
話し手に敬意を示す意図があっても、聞き手が違和感を持てば、丁寧にした効果が弱くなってしまいます。
一方で、日常的に「おられる」を聞いてきた人には、ごく普通の尊敬表現として伝わります。
このように、使う側の意図ではなく、受け取る側の言語経験によって印象が変わることが、「おられる」の難しさです。
不特定多数が読む案内文、企業のウェブサイト、接客マニュアルなどでは、評価が分かれにくい「いらっしゃる」を選ぶと安心です。
文法的な正しさと実際の伝わり方は別
敬語を使う目的は、文法の試験で正解することだけではありません。
相手を尊重していることを、誤解なく伝えることが本来の目的です。
文化審議会の「敬語の指針」も、敬語を単純な上下関係だけで捉えず、その場で相手を尊重することや、一定の距離を置くことなどを含む表現として説明しています。
たとえ文法上の説明ができる表現でも、多くの人が不自然だと感じるなら、公的な文章や接客では避けたほうがよい場合があります。
反対に、古い基準では説明しにくい表現でも、地域や集団の中で定着し、失礼なく通じていることもあります。
「おられる」は、まさに文法上の分析と実際の受け取られ方が一致しにくい言葉です。
重要なのは、「正しいか、間違いか」だけで会話を終わらせないことです。
誰に向けた言葉なのか、相手はどの地域や世代の人なのか、会話なのか正式な文書なのかを考える必要があります。
家族や親しい同僚との会話なら、地域で慣れ親しんだ言い方を無理に直す必要はありません。
初対面の相手、お客様、採用面接、重要なメールなどでは、受け取り方が分かれにくい表現を優先したほうが安全です。
敬語では、説明できる正しさと、相手に自然に届くことの両方が大切です。
地域や使い方で変わる「おられる」の印象
関西などで「おられる」が自然に使われる理由
日本の敬語は、全国で完全に同じ仕組みを持っているわけではありません。
国立国語研究所の方言調査では、尊敬語や丁寧語を使う範囲、身内を敬う方法などに地域差があることが示されています。
西日本の多くの地域では、「おる」が特別にへりくだった言葉ではなく、日常的な「いる」として使われます。
「今日は家におる」「そこに誰かおる」といった言い方です。
この感覚では、「おる」に尊敬を表す「れる」を付けた「おられる」も、素直な尊敬表現として理解できます。
共通語だけで考えると、「おる」は謙譲語Ⅱなので、目上の人には使いにくい言葉です。
しかし、地域の日常語としての「おる」には、話し手を低くする働きがない場合があります。
同じ音の言葉でも、地域によって文法上の役割が違うため、評価も変わるのです。
ただし、「関西の人なら全員が自然に使う」「東日本の人なら全員が嫌う」と分けることはできません。
地域の中にも世代差や個人差があり、共通語に触れる機会によっても感覚は変化します。
関西などで「おられる」が聞かれるという事実は、すべてのビジネス場面で使用を勧める根拠にはなりません。
全国の相手を想定する場面では、地域差の影響を受けにくい「いらっしゃる」が使いやすいでしょう。
地域によって正誤の判断が分かれることもある
言葉の正しさは、学校で学ぶ共通語だけでは決まらない場合があります。
地域で長く使われ、話し手と聞き手の双方が敬意を感じ取っているなら、その地域のコミュニケーションでは十分に機能しているからです。
国立国語研究所の調査では、尊敬語を使わず丁寧語を中心に表す地域や、共通語にはない方法で身内へ尊敬語を使う地域が確認されています。
この事実からも、全国の敬語を一つの物差しだけで判定するのは難しいことが分かります。
「おられる」についても、共通語の「おる」を基準にすれば不自然だと考えられます。
地域の日常語である「おる」を基準にすれば、尊敬の「れる」が付いた自然な形と考えられます。
どちらか一方が日本語を知らないという話ではありません。
それぞれが異なる言語環境で身に付けた感覚を持っているのです。
ただし、地域内で通じることと、全国向けの表現として誤解されないことは別問題です。
全国から問い合わせを受ける窓口、会社の公式文書、行政案内などでは、特定の地域で自然な言い方よりも、幅広く理解される言い方が求められます。
正誤を争うより、場面に応じて共通語と地域の言葉を使い分けるほうが現実的です。
「先生がおられる」と「考えておられる」の違い
「おられる」には、人がその場所にいることを表す用法と、動作や状態が続いていることを表す用法があります。
「先生が研究室におられる」は、「先生が研究室にいる」という存在を表しています。
「先生が今後の方針を考えておられる」は、「先生が考えている」という継続中の動作や状態を表しています。
後者では、「考える」という動詞の後ろに「ておられる」が付きます。
会話の中心となる意味は「おる」ではなく「考える」にあるため、「おられる」が補助的な役割に見えやすくなります。
その結果、「先生がおられる」には違和感があっても、「先生が考えておられる」にはそれほど違和感を持たない人がいます。
ただし、補助的に使えば誰も気にしないというわけではありません。
文化庁の調査で使われた「先生は心配しておられたよ」も、「心配している」という状態を表す用法でした。
それでも43.1%が気になると答えています。
したがって、補助的な「しておられる」なら完全に安全だとは言えません。
正式な場面では、「考えていらっしゃる」「心配していらっしゃった」と言い換えれば、同じ敬意を分かりやすく伝えられます。
単独で使う場合と補助動詞として使う場合
単独で使う「おる」は、人や動物の存在を表します。
「私は事務所におります」では、「事務所にいる」という意味です。
この「おります」は、自分について相手へ丁重に述べているため、共通語の敬語として問題ありません。
補助動詞として使う「おる」は、「読んでおる」「待っておる」のように、動作や状態の継続を表します。
これを丁寧にすると、「読んでおります」「待っております」となります。
自分について「資料を確認しております」と言うのは、ビジネスでもよく使われる自然な表現です。
目上の人について述べる場合は、「部長が確認しておられます」と「部長が確認していらっしゃいます」の二つが考えられます。
前者は実際に使われていますが、「おる」を謙譲語と捉える人には不自然に聞こえる可能性があります。
後者は「いる」を尊敬語の「いらっしゃる」に置き換えた形なので、敬語の方向が明確です。
文化審議会は、「お読みになっていらっしゃる」のように、二つの動詞をそれぞれ尊敬語にしてつなぐ形を「敬語連結」と説明しています。
意味に不合理がなければ、基本的に許容される表現です。
確実さを優先するなら、相手側には「していらっしゃる」、自分側には「しております」と使い分けると分かりやすくなります。
話し言葉と書き言葉で変わる自然さ
日常会話では、話す速さ、声の調子、地域の習慣などが言葉の印象を補ってくれます。
普段から周囲が「おられる」を使う環境なら、会話の中で不自然さを感じることは少ないでしょう。
一方、書き言葉には声の調子がありません。
文章だけを全国のさまざまな人が読むため、言葉の形そのものが目立ちます。
会社のウェブサイトに「専門知識を持っておられる方を募集します」と書いた場合、自然な尊敬表現として読む人もいれば、「持っていらっしゃる方」のほうが正しいと感じる人もいます。
文章の内容とは関係のないところで読者を立ち止まらせてしまう可能性があるのです。
正式な通知、採用情報、案内文、お客様向けメールでは、解釈が分かれにくい言葉を選ぶ価値があります。
「ご利用しておられるお客様」は、「ご利用になっているお客様」または「ご利用のお客様」と書き換えられます。
「参加しておられる方」は、「参加していらっしゃる方」や「参加されている方」にできます。
文章では、敬語を増やすほど丁寧になるとは限りません。
短く明確な表現へ整えたほうが、読者への配慮が伝わることもあります。
ビジネスで失敗しない使い分け
取引先やお客様には「いらっしゃる」が安全
取引先やお客様について話すときは、「いらっしゃる」を基本にすると安心です。
「ご担当の佐藤様はいらっしゃいますか」
「会場には何名いらっしゃいますか」
「先ほど受付にいらっしゃったお客様です」
これらは、相手側の人物を立てる尊敬表現として自然に使えます。
「敬語の指針」では、尊敬語を相手側や第三者の行為、状態などについて、その人物を立てて述べるものと説明しています。
「いらっしゃる」は、その代表例です。
「佐藤様はおられますか」でも、敬意を込めた意図は伝わるでしょう。
しかし、文化庁の調査が示すように、「おられる」に違和感を持つ人は一定数います。
ビジネスでは、相手に不快感を与える可能性を少しでも減らすことが大切です。
使えるかどうかで迷う表現より、広く尊敬語として認識されている表現を選ぶほうが合理的です。
特に、苦情対応、契約交渉、採用面接など、言葉の印象が結果に影響しやすい場面では「いらっしゃる」を優先しましょう。
電話で「〇〇様はおられますか?」と言ってよい?
「〇〇様はおられますか」という言い方は、地域や話し手によっては自然に使われています。
相手に敬意を示そうとしていることも十分に伝わります。
ただし、全国の相手を想定した電話対応では、「〇〇様はいらっしゃいますか」と尋ねるほうが安全です。
電話では相手の出身地や言葉の感覚が分かりません。
表情も見えないため、わずかな言葉の違和感が対面以上に目立つことがあります。
会社名と自分の名前を伝えてから、次のように尋ねると自然です。
「お世話になっております。
株式会社青空の山田と申します。
営業部の佐藤様はいらっしゃいますか」
用件を先に伝えたい場合は、次の形も使えます。
「契約書について確認したいことがございます。
ご担当の方はいらっしゃいますか」
相手が不在だったときは、「何時頃お戻りになりますか」と尋ねられます。
電話対応では、難しい敬語を多く使うより、名乗り、用件、相手の名前をはっきり伝えることが重要です。
「おられますか」を使ってしまったからといって、直ちに重大な失礼になるわけではありません。
次の会話から「いらっしゃいますか」に整えれば十分です。
社内で上司の所在を尋ねる場合
社内で上司について話す場合は、誰が誰に話しているのかによって表現が変わります。
同じ部署の社員同士で部長の所在を確認するなら、「部長はいらっしゃいますか」が自然です。
話題となる部長を立てる尊敬語として使われています。
部長本人に尋ねるなら、「午後は本社にいらっしゃいますか」と言えます。
一方、役員が部下である部長について尋ねた場合などは、会社内の関係や普段の呼び方によって「おります」と答えることもあります。
文化審議会の指針では、第三者を尊敬語で立てるかどうかは、その人物と場面を総合的に判断するとされています。
そのため、「社内の上司には必ず尊敬語」「同じ会社の人には絶対に尊敬語を使わない」という単純な決まりでは説明できません。
迷った場合は、社内で共有されている呼び方や応対の決まりに合わせましょう。
ただし、「部長はいらっしゃられますか」は尊敬語を重ねた形なので避けます。
「部長はいらっしゃいますか」で十分に丁寧です。
敬語だけに集中すると、相手の名前や予定を聞き間違えることがあります。
言葉を飾ることより、必要な情報を正確に確認することを優先しましょう。
社外の人に自社の上司について話す場合
社外の人に自社の上司について話すときは、上司も自分側の人物として扱います。
文化審議会の「敬語の指針」は、尊敬語や謙譲語Ⅰを使う際の基本として「自分側は立てない」と示しています。
自分側には自分だけでなく、家族など、自分にとって内側に属する人物も含まれます。
会社の外の人と話す場面では、自社の上司も同じ会社側の人物です。
そのため、取引先から「田中部長はいらっしゃいますか」と尋ねられたときに、「田中部長はいらっしゃいません」と答えると、自社の上司を立てることになります。
次のように答えるのが自然です。
「田中はただいま席を外しております」
「田中は午後から外出しております」
「田中は本日、休みを取っております」
社外の人に対しては、一般に自社の人へ役職名や「さん」を付けず、「田中」と名字で伝えます。
ただし、相手の質問を訂正するような言い方は必要ありません。
相手が「田中部長」と呼んでも、自分は自然に「田中」と答えれば十分です。
「田中はおられません」ではなく、「田中はおりません」とする点にも注意しましょう。
自分側について述べるため、尊敬の「れる」は付けません。
メール・受付・接客で使える言い換え表現
メールや受付では、同じ言葉を何度も繰り返すと文章が重くなります。
「いらっしゃる」だけに頼らず、場面に合った言葉へ置き換えると読みやすくなります。
| 場面 | 自然な表現 |
|---|---|
| 担当者の在席を確認する | ご担当の方はいらっしゃいますか |
| 来訪予定を確認する | 明日は何時頃お越しになりますか |
| すでに到着した人を伝える | 佐藤様がお見えになりました |
| 店内の人数を尋ねる | お連れ様は何名いらっしゃいますか |
| 自社担当者の不在を伝える | 担当の田中は席を外しております |
| 後日の予定を確認する | 来週は本社にいらっしゃいますか |
「お見えになる」は、文化審議会の指針で、習慣として定着している二重敬語の例に挙げられています。
形だけを見ると敬語が重なっていますが、一般に定着した表現として認められています。
「お越しになる」は、相手がこちらへ来ることを表す場面で使いやすい言葉です。
「ご来店される」は「ご来店になる」、「来られる」は「いらっしゃる」または「お越しになる」とすると、文章が整います。
ただし、一つの文章に敬語を詰め込みすぎる必要はありません。
「明日、弊社までお越しになっていらっしゃいますでしょうか」のような長い表現より、「明日、弊社へお越しになりますか」のほうが自然です。
例文と間違いやすい表現で使い方を確認
「おられますか」と「いらっしゃいますか」の例文
二つの言葉は、例文で比べると使い分けが分かりやすくなります。
取引先の担当者を電話で呼び出してもらう場面では、次のように言います。
「営業部の鈴木様はいらっしゃいますか」
「営業部の鈴木様はおられますか」も使われていますが、相手の言語感覚が分からない場面では前者が安全です。
学校で先生の所在を尋ねるなら、次の形が自然です。
「佐藤先生は職員室にいらっしゃいますか」
地域によっては、「佐藤先生は職員室におられますか」も自然に使われます。
自分の所在を相手へ伝える場合は、尊敬語を使いません。
「午後は事務所におります」
「午後は事務所にいらっしゃいます」とすると、自分自身を立てることになるため不適切です。
自社の担当者について社外の人へ伝える場合も、「担当者は事務所におります」とします。
相手側には「いらっしゃる」、自分側には「おります」と覚えれば、多くのビジネス場面に対応できます。
「おられる」を使うか迷った瞬間に、この二つへ置き換えて考えてみましょう。
「おります」と「おられます」の使い分け
「おります」と「おられます」は、最後の「れ」の有無で敬語の向きが変わります。
「おります」は、「いる」の謙譲語Ⅱである「おる」に、丁寧語の「ます」を付けた形です。
自分や自分側の人物について、相手へ丁重に述べるときに使います。
「私は午後まで受付におります」
「担当の山田は会議室におります」
「弊社の社員が現地におります」
これらは、いずれも自分側について述べています。
「おられます」は、「おる」に尊敬の「れる」と丁寧語の「ます」を付けた形です。
目上の人や第三者について使われますが、これまで説明したとおり、受け取られ方が分かれます。
「先生は研究室におられます」
この言い方を自然と感じる人もいますが、正式な場面では「先生は研究室にいらっしゃいます」とすると安心です。
特に注意したいのは、自分について「私は事務所におられます」と言わないことです。
尊敬の「れる」によって、自分を立てる表現になってしまいます。
自分側なら「おります」、相手側なら「いらっしゃいます」という組み合わせを基本にしましょう。
「しておられる」と「していらっしゃる」の例文
「しておられる」と「していらっしゃる」は、どちらも目上の人が何かをしている状態を表すために使われます。
「先生は長年、地域の歴史を研究しておられます」
「先生は長年、地域の歴史を研究していらっしゃいます」
二つの文が伝える内容は、ほぼ同じです。
ただし、「しておられる」は、「おる」を謙譲語と捉える人に違和感を与えることがあります。
文化庁の調査で43.1%が気になると答えた「先生は心配しておられたよ」も、この種類の表現です。
「していらっしゃる」は、「している」の「いる」を尊敬語に置き換えた形なので、敬語の方向が明確です。
「部長は新しい計画を検討していらっしゃいます」
「お客様は入口でお待ちになっていらっしゃいます」
後者のように長く感じる場合は、「お客様は入口でお待ちです」と簡潔にできます。
また、「先生は地域の歴史をご研究になっています」と、中心となる動詞を尊敬語にする方法もあります。
文章全体の読みやすさを考え、同じ敬語を何度も重ねないことが大切です。
迷った場合は、「していらっしゃる」または「なさっている」へ言い換えましょう。
「いらっしゃられる」が避けられる理由
「いらっしゃられる」は、丁寧に聞こえるため、つい使ってしまいやすい表現です。
しかし、「いらっしゃる」だけですでに尊敬語になっています。
そこへ尊敬の助動詞「られる」を加えると、一つの言葉に同じ種類の敬語を重ねることになります。
文化審議会の「敬語の指針」では、このような形を二重敬語と呼び、一般に適切ではないと説明しています。
「社長は会議室にいらっしゃられます」は、「社長は会議室にいらっしゃいます」と直します。
「明日は何時にいらっしゃられますか」は、「明日は何時にいらっしゃいますか」で十分です。
「こちらにいらっしゃられてください」も不自然です。
案内するなら、「こちらへお越しください」「こちらでお待ちください」など、行動に合った表現を選びます。
敬意は、言葉を長くするほど強くなるわけではありません。
すでに尊敬語になっている言葉へ、さらに「れる」「られる」を足さないことが基本です。
「おっしゃられる」は「おっしゃる」、「召し上がられる」は「召し上がる」、「ご覧になられる」は「ご覧になる」と整えられます。
ただし、「お見えになる」のように、習慣として定着した二重敬語もあるため、すべてを機械的に短くするわけではありません。
「おいでになる」「お見えになる」「お越しになる」との違い
「いらっしゃる」には「いる」「行く」「来る」の意味があるため、前後の内容によっては意味が曖昧になります。
そのようなときは、別の尊敬表現へ言い換えると分かりやすくなります。
「おいでになる」は、人がその場所にいることや、どこかへ行くこと、こちらへ来ることを表せます。
「先生は研究室においでになります」
「明日は京都へおいでになります」
「お見えになる」は、相手がこちらへ来たことを伝える場面でよく使います。
「佐藤様がお見えになりました」
文化審議会は「お見えになる」を、習慣として定着している二重敬語の例として挙げています。
「お越しになる」も、相手がある場所へ来ることを丁寧に述べる表現です。
「明日は何時頃、弊社へお越しになりますか」
使い分けに迷ったら、人がいることには「いらっしゃる」、到着したことには「お見えになる」、来訪予定には「お越しになる」と考えると分かりやすいでしょう。
ただし、どの表現も一文の中で重ねすぎないことが大切です。
「こちらへお越しになっていらっしゃいます」のように複雑にせず、「こちらへお越しです」など、簡潔に伝えましょう。
「おられる」と「いらっしゃる」の違いまとめ
「おられる」と「いらっしゃる」は、どちらも目上の人や相手側の人について使われていますが、敬語としての仕組みと受け取られ方が異なります。
「いらっしゃる」は、「いる」「行く」「来る」の尊敬語として文化審議会の指針に示されている表現です。
相手や第三者を立てる働きが明確で、ビジネス、電話、接客、正式な文章でも使いやすい言葉です。
「おられる」は、地域によって自然に使われる一方、「おる」を謙譲語として捉える人には違和感を与えることがあります。
文化庁の調査では、「先生は心配しておられたよ」という表現について、43.1%が気になると回答しました。
そのため、「おられる」を全国一律に誤りと断定する必要はありませんが、幅広い相手に向けた表現では避けるのが安全です。
基本となる使い分けは、次のとおりです。
| 話題になる人 | 基本の表現 |
|---|---|
| お客様、取引先、先生など | いらっしゃいます |
| 自分、自社の社員、自分側の人 | おります |
| 地域内の親しい会話 | 普段使われている表現でもよい |
| 全国向けの文章や正式な接客 | いらっしゃいますを優先 |
敬語で迷ったときは、難しい説明を思い出す必要はありません。
相手側には「いらっしゃる」、自分側には「おる」という基準に戻れば、多くの場面で自然な言葉を選べます。
