「この、すっとこどっこい!」
昔の漫画や時代劇などで耳にすることがありますが、改めて考えてみると、かなり不思議な言葉です。
「すっとこ」とは何なのか、「どっこい」は「どっこいしょ」と関係があるのか、そもそもなぜ「馬鹿野郎」という意味で使われるのでしょうか。
由来をたどるうえで重要になるのが、江戸・東京の祭礼文化と深く関わる「馬鹿囃子」です。
『精選版 日本国語大辞典』には、「すっとこどっこい」の用法として馬鹿囃子の囃子詞と、相手をののしる言葉の二つが記録されています。
一方で、「すっとこは裸、どっこいは何処へだから、裸でどこへ行くのかが語源」という、いかにも覚えやすい説明もあります。
ところが、古い用例まで確認していくと、この説明だけで語源を確定することはできません。
この記事では、確認できる古い資料や辞書、公的な文化財情報をもとに、「すっとこどっこい」の由来をできるだけ正確にひも解いていきます。
知れば知るほど、ただの変わった悪口ではないことが見えてきます。
「すっとこどっこい」の語源は?最初に結論
「すっとこどっこい」はもともと馬鹿囃子の囃子詞
語源を知るうえで、まず押さえておきたいのが「馬鹿囃子の囃子詞」という用法です。
『精選版 日本国語大辞典』では、「すっとこどっこい」の第一の意味として馬鹿囃子の囃子詞が記録されています。
囃子詞とは、歌や踊りの途中で調子を整えたり、場を盛り上げたりするために入れる掛け声のような言葉です。
祭りで聞く「ヨイショ」や、民謡で耳にする掛け声を思い浮かべるとわかりやすいでしょう。
文章のように一語一語の意味を伝えることよりも、音の響きやリズムが重要になる言葉です。
「すっとこどっこい」も、文字で読むより声に出したほうが、その特徴がよくわかります。
「すっとこ」と「どっこい」が小気味よく続き、祭り囃子や踊りに合わせやすいリズムになっています。
現在では人を馬鹿にするときの言葉として知られていますが、その背景には祭礼のにぎやかな掛け声としての姿があるのです。
ただし、囃子詞として使われた事実と、人をののしる意味がどのような順序で生まれ、具体的にどう結びついたのかは別問題です。
ここを推測だけで埋めず、確認できる事実から順番に見ていくことが大切です。
「馬鹿野郎」「間抜け」という意味でも使われる
現在よく知られている「すっとこどっこい」は、人をののしる言葉です。
意味としては「馬鹿野郎」や「間抜けなやつ」に近い表現になります。
『精選版 日本国語大辞典』には、相手をののしるときに言う語として記載され、「馬鹿なやつ」ほどの意味で名詞のようにも用いられるとされています。
たとえば、「この、すっとこどっこい」のように相手へ直接投げかけることもできます。
「まったく、とんだすっとこどっこいだ」のように、人を指す言葉として使うこともできます。
ただし、現代では「馬鹿野郎」とまったく同じ響きではありません。
古風でリズミカルな言葉なので、本気の罵倒よりも、わざと昔風に怒ってみせる場面や、冗談交じりの表現として聞こえることがあります。
だからといって、意味そのものが褒め言葉になったわけではありません。
本来は相手をののしる表現なので、使う相手や場面には注意が必要です。
1899年には「すっとこ、すっとこ、すっとこ、どっこい」という用例がある
この言葉の歴史を考えるうえで非常に興味深いのが、明治時代の文学に残された実例です。
『精選版 日本国語大辞典』が囃子詞の用例として採録しているのは、内田魯庵の『あたらよ』です。
作品が発表されたのは1899年です。
そこでは現在よく使われる一続きの形とは少し違い、「すっとこ」が繰り返され、その後に「どっこい」が続いています。
この使われ方から感じられるのは、意味を説明する文章というより、音とリズムを楽しむ掛け声としての性格です。
一語ずつ意味を解釈するだけでは、「なぜこんな言葉になったのか」がわかりにくい理由もここにあります。
もともと耳で聞き、声に出し、踊りや囃子と一緒に使われていた言葉なら、意味だけでなく音の面白さが重要だったと考えられるからです。
なお、辞書に載っている1899年の例を「日本語史上、絶対に最古の使用例」と考える必要はありません。
これは、その辞書が初出例として採用している確認可能な文献例です。
言葉そのものは、文献に書き残される以前から口頭で使われていた可能性があります。
1903年の『日本滑稽辞林』にも姿を見せる
1899年の『あたらよ』だけでなく、明治後期には別の資料にも似た形が確認できます。
国立国会図書館がデジタル化している『日本滑稽辞林』は、滑稽新聞記者編、安田書店刊の書籍で、1903年10月に出版されています。
この資料には「すッとこどツこいデレ助」という形を含む表現が見られます。
つまり、20世紀に入ったばかりの時期には、「すっとこどっこい」が一続きの調子のよい表現として実際に用いられていたことが確認できます。
「デレ助」も人をからかったり悪く言ったりするときに使われる語なので、この実例は後のののしり言葉とのつながりを考えるうえでも興味深い資料です。
ただし、この一例だけを使って「1903年には完全に現在と同じ意味の悪口だった」と決めつけることはできません。
当時の文章では、語呂合わせや滑稽な言葉遣いの中に組み込まれているからです。
大切なのは、1899年の囃子詞としての用例に加えて、1903年にもまとまった形でこの言葉が確認できるという点です。
古い実物資料を追っていくと、「昔からあったらしい」という漠然とした説明ではなく、少なくとも明治後期には文字資料に姿を見せていたことがわかります。
語源は一つの物語だけで断定しないほうがよい
「すっとこどっこい」の由来には、非常にわかりやすい説明があります。
「すっとこ」は裸を意味し、「どっこい」は「何処へ」が変化したものなので、「裸でどこへ行くのか」という意味から人を馬鹿にする言葉になったという説です。
確かに、「すっとこ」に裸体という意味があることは確認できます。
また、「どっこい」には相手の行動をさえぎる表現や掛け声、囃子詞など複数の意味があります。
しかし、この二つの意味をそのままつなぎ、「裸でどこへ」という文章が縮まって現在の言葉になったと証明する古い成立資料までは確認できません。
一方、「すっとこどっこい」そのものには、馬鹿囃子の囃子詞としての古い用例があります。
そのため、最も無理のない理解は、「馬鹿囃子の囃子詞として実際に使われていたことは確認できるが、構成する音の一つ一つがどのような過程で成立したかには断定できない部分がある」というものです。
語源は、説明がわかりやすいほど事実のように広まりやすい分野です。
だからこそ、確認できる古い用例と、後から組み立てられた可能性のある説明を分けて考える必要があります。
「すっとこ」と「どっこい」の意味を分けて調べる
「すっとこ」には「裸」という意味がある
「すっとこどっこい」の前半にある「すっとこ」は、それだけで一つの言葉です。
『精選版 日本国語大辞典』には「はだか」「裸体」という意味が記録されています。
現代の日常会話で「すっとこ」を裸の意味で使う場面はほとんど見かけないため、意外に感じる人も多いでしょう。
この意味があるため、「裸でどこへ」という語源説が生まれやすいのも理解できます。
ただし、「すっとこ」という単独語に裸体の意味があることと、「すっとこどっこい」というまとまった言葉が裸体を意味していたことは同じではありません。
複数の音が組み合わさった囃子詞では、もとの単語の意味が薄くなり、リズムや語呂が中心になることもあります。
語源を考えるときは、「部品に意味があるから、完成した言葉も必ずその意味の合計になる」とは考えないほうが安全です。
特に「すっとこどっこい」は囃子詞としての使用が確認できるため、音としての性格を無視できません。
「裸」という意味は重要な手がかりですが、それだけですべてを説明する答えではないのです。
「すっとこ」単独でも人をののしる言葉だった
さらに興味深いのは、「すっとこ」だけでも人をののしる意味が記録されていることです。
『精選版 日本国語大辞典』には、「醜い男をののしっていう語」という意味が載っています。
その典拠として挙げられているのが1917年の『東京語辞典』です。
つまり、少なくとも大正時代には、「すっとこ」単独でも人を悪く言う表現として記録されていたことになります。
これは、「すっとこどっこい」が悪口として使われるようになった背景を考えるうえで興味深い情報です。
ただし、ここでも「すっとこが先に悪口になり、その後どっこいと結合した」と成立順序まで決めつけることはできません。
1899年にはすでに「すっとこどっこい」の囃子詞としての例が確認されているからです。
古い日本語には、同じ音が別の場面で複数の意味を持つことがあります。
「裸体」「人をののしる語」「祭り囃子に関係する言葉」という複数の要素が近い時代に存在していたと捉えるほうが、実際の資料には忠実です。
「どっこい」は力を入れるときの掛け声でもある
「どっこい」は、「すっとこ」よりも現代人になじみのある言葉でしょう。
重い物を持つときなどに「どっこいしょ」と声を出すことがあります。
「どっこい」自体にも、力を入れたり勢いをつけたりするときの掛け声という意味があります。
さらに、相手の意図をさえぎるときの「どっこい、そうはいかない」という用法もあります。
そしてもう一つ重要なのが、民謡などの囃子詞としての用法です。
ここまで見ると、「どっこい」そのものが非常に掛け声らしい言葉であることがわかります。
『精選版 日本国語大辞典』には、力を入れる掛け声に近い「とっこい」の例として、1679年の『西鶴五百韻』が挙げられています。
つまり、この系統の掛け声は江戸時代の文献にすでに姿を見せています。
「すっとこどっこい」の後半を考えるときも、まずこうした掛け声や囃子詞としての「どっこい」を忘れてはいけません。
「どっこい」と「何処へ」にはつながりを示す説明もある
「どっこい」が「何処へ」から生まれたという話にも、まったく根拠がないわけではありません。
日本語には、相手の行動や言葉を押しとどめるときに使われる「どこへ」という古い表現があります。
「どこへ行くのですか」と行き先を聞く普通の疑問文ではなく、「どこへ、そうはいかない」と相手を制止するような使い方です。
この系統から「どっこい」へ変化したとする説明があります。
そのため、「何処へ」と「どっこい」に言葉のつながりがあるという説明自体を、単純な作り話として退ける必要はありません。
ただし、「どっこい」には掛け声や囃子詞としての長い用法もあります。
さらに、「すっとこどっこい」の古い実例自体が囃子的な使われ方をしています。
したがって、「どっこいは何処へという意味だ」と一つだけに固定すると、実際の言葉の歴史を単純化しすぎてしまいます。
複数の用法が重なり合っている言葉として見るほうが自然です。
「裸でどこへ行く?」が確定した語源とは言えない
ここまでを整理すると、「裸でどこへ行くのか」という説の立ち位置が見えてきます。
「すっとこ」に裸体という意味があることは事実です。
「どっこい」と「何処へ」の間に語のつながりを説明する資料があることも事実です。
しかし、「裸体を意味するすっとこ」と「何処へを意味するどっこい」が組み合わされ、『裸でどこへ行く』という悪口になった」という成立過程そのものを示す資料は別に必要です。
今回確認できる古い用例では、1899年に囃子詞として「すっとこ」と「どっこい」が使われています。
1903年刊『日本滑稽辞林』にも、一続きのリズミカルな表現として姿を見せます。
そのため、「裸でどこへ」という説明は、構成する言葉の意味から考えられる説として紹介するのが適切です。
「これこそ唯一の語源」と断定してしまうと、囃子詞として確認されている歴史をうまく説明できなくなります。
わかりやすい語源説ほど魅力的ですが、古い言葉では「わかりやすさ」と「確実さ」は必ずしも同じではありません。
なぜ馬鹿囃子の掛け声が「馬鹿野郎」という悪口になった?
そもそも「馬鹿囃子」とはどんなもの?
馬鹿囃子という名前を見ると、単なるふざけた音楽のように感じるかもしれません。
実際には、江戸・東京周辺の祭礼文化と関係する伝統的な祭り囃子です。
江戸川区が紹介する葛西囃子では、大太鼓一人、締め太鼓二人、笛一人、鉦一人の五人で演奏する編成が伝えられています。
葛西囃子は、江戸時代に東葛西領の総鎮守だった金町村の香取神社の神官が創作した祭り囃子を始まりとする伝承があり、その系統は関東各地へ広まったとされています。
現在も保存団体によって伝承され、東京都指定無形民俗文化財にもなっています。
こうした祭り囃子では、音楽だけでなく踊りや滑稽な演出が加わることもあります。
にぎやかな音、踊り、掛け声が一緒になって、祭礼の空気を作り上げてきました。
「すっとこどっこい」を単なる文章として眺めるより、このような祭りの中で声に出される言葉として想像すると、その独特なリズムが理解しやすくなります。
囃子詞は「意味」より音や調子が大切になることもある
囃子詞を理解するとき、一つ注意したいことがあります。
現代の文章のように、「この単語にはこの意味があるから、文章全体ではこういう意味になる」と考えてもうまくいかない場合があることです。
囃子詞は、歌や踊りの調子を整える役割を持っています。
そのため、語呂のよさ、発音しやすさ、繰り返したときの面白さなどが大切になります。
「どっこい」も民謡などの囃子詞として使われる言葉です。
「どっこいしょ」にも、力を入れる掛け声だけでなく民謡の囃子詞としての意味があります。
さらに「どっこいそっこい」という語では、「そっこい」が「どっこい」に語呂を合わせて付けられたものだとされています。
この例からも、掛け声の世界では音の似た言葉を重ねてリズムを作ることがあるとわかります。
「すっとこどっこい」にも、意味だけでは説明しきれない音の遊びが含まれている可能性を考える必要があります。
囃子詞から悪口になった詳しい経緯は断定できない
この記事で最もはっきりさせておきたいのが、この点です。
「すっとこどっこい」が馬鹿囃子の囃子詞として使われたことは確認できます。
人をののしる「馬鹿野郎」に近い用法があることも確認できます。
しかし、「ある出来事をきっかけに囃子詞から悪口へ意味が変わった」と説明できる資料までは確認できません。
『精選版 日本国語大辞典』が採録する古い実例を見ると、囃子詞の例は1899年で、相手をののしる意味として掲載されている例は1954年です。
これは「1954年に初めて悪口になった」という意味ではありません。
辞書に採録された文献例の年代がそうなっているというだけです。
1903年の『日本滑稽辞林』には「すっとこどっこい」と人をからかう語が結びついた表現も見られるため、その間の時代にも言葉が多様に使われていたことがうかがえます。
したがって、正確に言えるのは「囃子詞と罵倒語の二つの用法は確認できるが、意味が移り変わった具体的な道筋までは確定できない」というところまでです。
わからない部分を無理に物語で埋めないことも、語源を正しく理解するためには重要です。
江戸・東京との関係は深い
「すっとこどっこい」と聞くと、江戸っ子の言葉を思い浮かべる人は少なくありません。
その印象には、一定の歴史的な背景があります。
この語と関係する馬鹿囃子や祭囃子は、江戸・東京周辺の祭礼文化と密接に結びついています。
江戸川区に伝わる葛西囃子も、江戸時代に始まったと伝えられ、その後関東各地へ広まりました。
また、「すっとこ」が人をののしる語として1917年の『東京語辞典』に記録されている点も、東京との関係を示す材料になります。
こうした事情から、「江戸・東京文化と深い関係を持つ言葉」と説明することはできます。
一方で、「江戸の人だけが使った方言」「江戸で生まれたことが完全に証明されている」とまで範囲を広げるのは慎重であるべきです。
祭り囃子は地域を越えて伝わるもので、言葉も人の移動や芸能とともに広がります。
「江戸っ子らしい言葉」というイメージと、言語学的にどこまでを方言と呼べるかは分けて考えたほうがよいでしょう。
「江戸時代から使われていた」と言い切るときも注意が必要
「すっとこどっこいは江戸時代から使われている」と聞くと、わかりやすく感じます。
ところが、ここにも年代の違う情報が混ざりやすい問題があります。
葛西囃子など、この言葉と関連する祭囃子の歴史は江戸時代までさかのぼります。
「どっこい」に近い掛け声の文献例も1679年に確認できます。
一方、「すっとこどっこい」というまとまりについて『精選版 日本国語大辞典』が採録している初出例は1899年です。
さらに1903年の『日本滑稽辞林』にも使用例があります。
つまり、「背景となる祭礼文化や構成要素は江戸時代までさかのぼる」ことと、「現在と同じ『すっとこどっこい』という形が江戸時代の文献で確認できる」ことは別です。
口頭ではもっと以前から使われていた可能性もありますが、可能性だけを事実として書くことはできません。
年代を正確に説明するなら、「江戸の祭礼文化との関係が深く、まとまった語形としては明治期の文献例を確認できる」とするのが適切です。
「すっとこどっこい」の現在の意味と使い方
現代語なら「馬鹿野郎」「間抜けなやつ」に近い
現在の意味を一言で表すなら、「馬鹿野郎」「間抜けなやつ」に近い表現です。
相手が失敗したり、ばかなことをしたりしたときに、呆れや怒りを込めて使えます。
ただし、現代の「馬鹿野郎」よりもかなり古風な響きがあります。
そのため、普通に怒るよりも、わざと大げさに怒ってみせるような印象になりやすい言葉です。
「この馬鹿野郎」と言われると険悪に聞こえる場面でも、「この、すっとこどっこい」と言われると、言い方次第では芝居がかった面白さが出ます。
これは語の意味が弱くなったというより、現代では言葉自体が古風になったためです。
本来の意味はあくまで人をののしるものなので、相手が不快に感じる可能性はあります。
「響きが面白いから安全な悪口」と考えないことが大切です。
「この、すっとこどっこい!」はどんなニュアンス?
実際に口にすると、この言葉の特徴がよくわかります。
「すっとこ」と「どっこい」にそれぞれ促音が入り、短い音が勢いよく続きます。
しかも、もともと囃子詞として使われた記録があります。
そのため、「この、すっとこどっこい!」という言い方には強いリズムがあります。
相手を冷静に批判する表現というより、感情がパッと飛び出すような言葉です。
現代では、時代劇風の口調や、昔風の人物を演じる場面にもよくなじみます。
親しい人との会話なら、「また鍵を忘れたのか、このすっとこどっこい」のように、呆れながら笑うニュアンスを作ることもできます。
ただし、声の調子や関係性によっては普通の侮辱になります。
同じ言葉でも、冗談になるか悪口になるかは文脈次第です。
古風だからこそコミカルに聞こえることがある
言葉には、時代とともに受ける印象が変化するものがあります。
昔は日常的だった表現でも、現代では漫画や小説、芝居の中でしか聞かなくなると、それだけで特別な響きを持つようになります。
「すっとこどっこい」にも、この特徴があります。
「馬鹿野郎」という意味そのものは攻撃的ですが、普段ほとんど耳にしない古風な語感によって、現代では笑いが生まれることがあります。
さらに、囃子詞として使われていた言葉だけあって、音のリズムも強烈です。
言葉の意味より先に、「なんだか面白い音だ」と感じる人もいるでしょう。
この音の面白さこそ、長い時間がたっても言葉が記憶に残りやすい理由の一つと考えられます。
ただし、「コミカルに聞こえる場合がある」と「侮辱ではない」は別です。
使う場面では、その違いを忘れないようにしましょう。
日常会話で使うなら相手との関係に注意
「すっとこどっこい」を日常会話で使う場合は、相手との距離感が重要です。
辞書上の意味は、相手をののしる表現です。
そのため、初対面の相手や仕事関係の人へ軽い気持ちで使う言葉ではありません。
親しい友人や家族との会話で、お互いに冗談だとわかっている場合なら、昔風の大げさな言い方として機能することがあります。
SNSやメッセージではさらに注意が必要です。
対面なら笑顔や声の調子で冗談だと伝えられても、文字だけでは本気の悪口に見えることがあります。
一方、小説や漫画、脚本では便利な言葉です。
人物に「すっとこどっこい」と言わせるだけで、古風な口調、威勢のよさ、どこか憎めない怒り方などを表現できます。
現実の会話よりも、人物のキャラクターを際立たせる表現として使いやすい言葉だといえるでしょう。
例文で使い方を確認
「また財布を忘れたのか、このすっとこどっこい。」
親しい相手のうっかりした失敗を、少し大げさにからかうような使い方です。
「そんな簡単な罠に引っかかるとは、とんだすっとこどっこいだ。」
こちらは「馬鹿なやつ」という意味で、人を指す名詞のように使っています。
この用法も辞書に記録されています。
「すっとこどっこい、そう簡単に通してたまるか。」
このようにすると、かなり芝居がかった言い回しになります。
ただし、普通の日常会話で「間抜け」「うっかり者」と言えば済む場面に無理に使うと、不自然になることもあります。
「すっとこどっこい」は単なる「馬鹿」の言い換えというより、古風で勢いのある雰囲気まで含めて選ぶ言葉です。
「すっとこどっこい」の語源に関する疑問をまとめて解決
「すっとこどっこい」は江戸弁や方言なの?
江戸弁なのかと聞かれた場合、単純に「江戸だけの方言です」と答えるより、「江戸・東京の言語文化や祭礼との関係が深い言葉」と説明するほうが正確です。
関係する祭囃子には江戸時代の東京周辺で発展したものがあり、葛西囃子も江戸時代に始まったと伝えられています。
また、「すっとこ」の罵倒語としての用法が『東京語辞典』に記録されていることも、東京とのつながりを考える材料になります。
一方、「すっとこどっこい」は現在の国語辞典にも一般語として掲載されています。
特定地域の人しか意味を理解できない現代の地域方言とは性格が異なります。
そのため、「江戸・東京文化の色が濃い古風な言葉」と覚えておくと、大きく外しません。
時代劇や落語を思わせる響きがあるのも、こうした歴史的背景と無関係ではありません。
「ひょっとこ」が「すっとこ」に変わったという説は本当?
「ひょっとこ」と「すっとこ」は音がよく似ています。
祭りの滑稽な踊りとも関係するため、「ひょっとこが変化してすっとこになったのでは」と考えたくなるのも自然です。
しかし、今回確認できた辞書資料では、「すっとこ」が「ひょっとこ」から変化してできた語だと確定する説明は確認できません。
「すっとこ」は裸体や、人をののしる語として独立した項目で記録されています。
音が似ていて、同じ祭礼文化の中に登場するからといって、必ず語源が同じとは限りません。
日本語の語源を考えるとき、「発音が似ている」という理由だけで二つの言葉を親子関係にするのは危険です。
関連する文化の中で互いに影響した可能性までは否定できませんが、それと語源が確定していることは別です。
「ひょっとこからすっとこになった」という説明は、確定した事実として扱わないほうがよいでしょう。
「どっこいしょ」とは関係がある?
「すっとこどっこい」と「どっこいしょ」は、少なくとも「どっこい」という掛け声を共有しています。
「どっこいしょ」は、力を入れるときや疲れた体を動かすときに発する言葉です。
民謡などの囃子詞としても使われます。
『精選版 日本国語大辞典』では、「どっこいしょ」の文献例として1888年の三宅花圃『藪の鶯』が挙げられています。
一方、「どっこい」単独に近い形ではさらに古い文献例があります。
つまり、「どっこい」は昔から掛け声や囃子詞としてさまざまな形に組み込まれてきた言葉です。
ただし、「どっこいしょが変化して、すっとこどっこいになった」という成立順序を示す資料はありません。
両者には共通する掛け声の要素があるものの、片方がもう片方の直接の語源だと考えないほうがよいでしょう。
「おたんこなす」「あんぽんたん」「べらぼう」と何が違う?
「すっとこどっこい」と同じように、昔風の悪口には独特な響きを持つ言葉がたくさんあります。
「おたんこなす」「あんぽんたん」「べらぼう」「とんちき」などもその仲間です。
どれも相手の愚かさや間抜けさをからかう場面で使われるため、意味だけを見るとかなり似ています。
その中で「すっとこどっこい」の特徴を一つ挙げるなら、馬鹿囃子の囃子詞としての用法が明確に記録されていることです。
単なる罵倒語としてだけでなく、祭りの音や踊りにつながる一面を持っています。
そのため、ほかの悪口よりもリズムが目立ち、声に出すと妙に調子よく聞こえます。
類語を細かく覚えることより、「すっとこどっこいには囃子詞というもう一つの顔がある」と理解するほうが、今回の語源を知るうえでは重要です。
「すっとこどっこい」は死語なの?
現代の日常会話で頻繁に聞く言葉ではないため、「もう死語なのでは」と感じる人もいるでしょう。
ただし、死語かどうかを客観的に判断するには、実際の使用頻度を調査する必要があります。
国語辞典には現在も項目があり、馬鹿囃子の囃子詞と、相手をののしる語という意味が掲載されています。
そのため、「意味そのものがわからなくなった完全な過去の言葉」とまでは言えません。
一方、一般的な日常会話の中心にある表現ではなく、古風に感じられやすいのも確かです。
そこで、「死語」と断定するより、「現在では古風な響きを持つ表現」とするのが無理のない説明です。
小説や漫画、芝居などでは、むしろこの古風さを利用して人物の話し方を面白くすることができます。
長く残っている理由の一つには、一度聞いたら忘れにくい独特の音もありそうです。
「すっとこどっこい」語源・由来まとめ
「すっとこどっこい」は、単純に「すっとこ」と「どっこい」の意味を足せば語源がわかる言葉ではありません。
確認できる重要な事実は、馬鹿囃子の囃子詞として使われていたことです。
『精選版 日本国語大辞典』が採録する囃子詞の文献例は、1899年の内田魯庵『あたらよ』です。
さらに、国立国会図書館がデジタル化している1903年刊『日本滑稽辞林』にも、「すっとこどっこい」を含む表現が確認できます。
「すっとこ」には裸体という意味があり、人をののしる語としての記録もあります。
「どっこい」には、力を入れるときの掛け声、相手をさえぎる言葉、民謡などの囃子詞という複数の用法があります。
そのため、「すっとこは裸、どっこいは何処へだから、裸でどこへ行くのかが語源」という説明には、それぞれの語に関係する材料はあるものの、「すっとこどっこい」全体の成立過程を確定する証拠としては十分ではありません。
また、囃子詞だった言葉がなぜ「馬鹿野郎」という意味になったのかについても、具体的な変化の過程を確定できる資料は確認できません。
わかっているのは、囃子詞としての用法と、人をののしる用法の両方が記録されていることです。
江戸時代から続く祭礼文化との関係は深いものの、「すっとこどっこい」というまとまった形について確実に確認できる文献例は明治期にあります。
現在では「馬鹿野郎」「間抜けなやつ」に近い古風な悪口として理解されていますが、日常的な罵倒語というより、昔風でコミカルな響きを感じさせることも多くなっています。
「なぜこんな妙に調子のいい悪口なのだろう」と思っていた人にとって、その答えの一部は、もともと祭りのリズムの中にあった言葉だというところにあります。
意味だけを見れば変わった悪口ですが、古い用例や祭礼文化までたどっていくと、音と歴史が一緒になって残ってきた、実に日本語らしい面白い言葉だとわかります。
