「妻」は、なぜ「つま」と読むのでしょうか。
普段あまり疑問に思わない言葉ですが、由来をたどっていくと意外な事実が見えてきます。
実は古代の日本では、女性だけでなく男性の夫や恋人も「つま」と呼ばれていました。
『古事記』や『万葉集』にも、その使い方がはっきり残っています。
さらに、建物の「妻」、刺身の「つま」、そして「稲妻」にも同じ「つま」が登場します。
一見まったく関係なさそうですが、古い日本語までさかのぼると、それぞれの言葉がつながって見えてきます。
この記事では、「妻」という言葉の語源や由来、昔の意味、漢字そのものの成り立ち、そして「嫁」「奥さん」「家内」「女房」との違いまで、古典の用例や公的・専門的な資料をもとにわかりやすく解説します。
「妻(つま)」の語源・由来とは?
「つま」は「端(つま)」から生まれたという説
最初に結論を整理すると、「つま」という言葉がどのように誕生したのかは、完全に一つの説へ確定しているわけではありません。
ただし、日本語の「端(つま)」と関係するという説明は、古い「つま」の使われ方を考えるうえで重要です。
「端(つま)」には、物の端やへりだけでなく、本体や中心から見たもう一方の側、相対する位置にあるものという意味があります。
そこから、人間関係において自分と向かい合う相手、つまり夫婦や恋人の一方を「つま」と呼ぶようになったと説明されています。
この説明を理解するうえで大切なのは、現在の「妻」という漢字の印象から考えないことです。
現代では「妻」は女性の配偶者を表しますが、古代の「つま」は男性にも女性にも使われていました。
つまり、「夫が中心で、その端にいる女性だから妻」という意味ではありません。
むしろ、二つで一組になるものの片方から見た「もう一方」という感覚に近かったと考えるほうが、古代の用例とうまく一致します。
実際、『古事記』には女性が男性を「都麻」と呼ぶ歌があり、逆に男性から女性を「都麻」と呼ぶ例もあります。
さらに『万葉集』では、鴨が連れ合いと一緒にいる様子にも「都麻」という言葉が使われています。
こうした古い用法を見ると、「つま」の中心にあったのは女性という性別ではなく、「対になる相手」という関係だったことがわかります。
そのため、「端」と配偶者の「つま」を関連づける考え方には、意味の面で一定のつながりがあるのです。
「つ」と「ま」から生まれたとする語源説とは?
「つま」の成り立ちについては、「端」と関連づける考え方とは別に、言葉を「つ」と「ま」に分けて説明する説もあります。
この説では、「つ」を粘りや結び付きを表す語根と考え、「ま」を「身」に関係する音の変化と考えます。
そこから、互いに結び付いた存在や、連れ添う相手を意味する言葉になったという説明です。
夫婦という関係を考えると、意味としては非常にわかりやすく感じられるでしょう。
ただし、語源を考えるときには「意味が自然に感じられること」と「歴史資料によって確認できること」を分ける必要があります。
古代の日本語には録音資料がありません。
現在残っている文字資料から、昔の発音や意味、使われ方を少しずつ復元していくしかありません。
そのため、「つ」と「ま」がそれぞれこの意味を持ち、その二つが組み合わさって「つま」になった過程を示す古代資料が残っているわけではありません。
古い文献から確実に確認できるのは、8世紀初めの『古事記』の時点ですでに「つま」という言葉が使われ、男女双方の相手を表していたという事実です。
つまり、「つ」と「ま」に分ける説明は語源説の一つとして知っておく価値がありますが、「これが証明された本当の語源」と断定するのは避けたほうが正確です。
語源の世界では、後世に意味から推測された説明が広く知られることもあります。
「妻」のように非常に古くから存在する言葉ほど、一つの説明だけを答えとして覚えるのではなく、確認できる用例と推定される語源を分けて理解することが大切です。
「連れ身(つれみ)」が変化したという説もある
「つま」について調べると、「連れ身」にあたる言葉が縮まって「つま」になったという説明を見かけることもあります。
「連れ身」と考えれば、互いに連れ添う人という意味になります。
現在でも配偶者を「連れ合い」と呼ぶことがあるため、意味のうえでは納得しやすい説明でしょう。
しかし、この説も歴史的な変化の過程が十分に確認されているわけではありません。
「連れ身」という形から、いつ、どのような音の変化が起きて「つま」になったのかを連続した古い資料で追えるわけではないからです。
むしろ古典資料では、すでに完成した形の「つま」が非常に早い時期から現れています。
『古事記』は712年に成立したとされ、その歌謡には「都麻」という表記が残っています。
つまり、「連れ身」の説は意味として理解しやすいものの、確定した語源として扱うには慎重さが必要です。
語源の記事で注意したいのは、興味深い説明ほど事実のように広まりやすいことです。
言葉遊びとしてきれいに説明できても、古い資料がそれを裏付けているとは限りません。
「妻」の由来を正確に理解するなら、「連れ身説も唱えられているが、歴史的に確定した説明ではない」と覚えておくのがよいでしょう。
結局「妻」の語源はどの説が有力?わかっていることを整理
ここまでの話を整理すると、確実に確認できる事実と、語源を説明するための説が見えてきます。
まず確実なのは、「つま」が日本語として非常に古くから使われていることです。
712年成立の『古事記』にはすでに用例があり、その時点では女性だけでなく男性の相手にも使われています。
『万葉集』では男女を限定しない相手や、動物のつがいを表す使い方も確認できます。
一方、「なぜその相手を『つま』と呼ぶようになったのか」という言葉の誕生そのものについては、完全に確定しているわけではありません。
古い日本語の「端(つま)」が持つ「本体に対して相対する側」という意味から、夫婦や恋人のもう一方を表すようになったとする説明があります。
また、「つ」と「ま」に分解して考える説や、「連れ身」と関連づける説もあります。
したがって、「妻の語源は絶対に端です」と断定するより、「端と同じ系統の言葉とする説明があり、ほかにも複数の説がある」と理解するのが適切です。
そして、語源そのもの以上にはっきりしているのが、「つま」はもともと女性だけの言葉ではなかったという点です。
この事実を押さえるだけでも、現在の「妻」という言葉の見え方は大きく変わってきます。
昔の「つま」は妻だけではなかった?本来の意味を探る
古代の「つま」は男女共通で「配偶者」を意味した
現在、「妻」と聞いて男性の配偶者を思い浮かべる人はほとんどいないでしょう。
現代語の「妻」は、夫婦のうち女性のほうを表す言葉として定着しています。
ところが、古代までさかのぼると意味は異なります。
「つま」は、夫婦や恋人が互いの相手を表す言葉として、男性にも女性にも使われていました。
現代の言葉で近いものを探すなら、「配偶者」「伴侶」「パートナー」のように、相手の性別を限定しない表現を想像するとわかりやすいでしょう。
さらに重要なのは、古代の「つま」が必ずしも現在の法律上の婚姻関係だけを表していたわけではないことです。
恋人にも、動物のつがいにも使われました。
つまり、もともとの中心的な意味は「女性の配偶者」ではなく、「互いに相手となる存在」だったと考えられます。
表記も現在のように「妻」の一字だけに固定されていたわけではありません。
『古事記』では「都麻」のように、漢字の音を利用した表記も登場します。
「夫」という漢字に「つま」の読みを当てる用法も存在しました。
日本語としての「つま」という言葉が先にあり、文章の意味や時代に応じて漢字が当てられていたと考えると理解しやすくなります。
現在の漢字だけを見て「昔から妻は女性のことだった」と考えてしまうと、古語の本来の姿を見失ってしまうのです。
『古事記』には男性を「つま」と呼ぶ例もある
「昔は男性も『つま』だった」と聞くと、本当なのか気になる人もいるでしょう。
その証拠となる有名な例が『古事記』に残っています。
須勢理毘売命が大国主神に向けて歌う場面で、自分は女性であり、あなた以外に男性はいない、あなた以外に「都麻」はいないという趣旨の歌が登場します。
ここで「都麻」と呼ばれているのは男性である大国主神です。
現在の感覚でいえば、女性が夫や恋人である男性を「つま」と呼んでいることになります。
同じ『古事記』には、逆に男性側から女性の相手を「都麻」とする例もあります。
この二つを比べると、「つま」が男女共通の関係語だったことがよくわかります。
現在の「妻」の意味から考えると、とても不思議に感じられるかもしれません。
しかし、古い「つま」を「相手」「連れ合い」と考えれば、男性にも女性にも使えるのは自然です。
これは語源を考えるうえでも非常に重要な事実です。
もし「つま」が最初から女性だけを表す言葉として誕生したのであれば、男性を「つま」と呼ぶ古代の用法を別に説明しなければなりません。
古代の実例を見る限り、性別よりも「対になる相手」という関係そのものが重要だったことが読み取れます。
『万葉集』では人間だけでなく「つがい」にも使われた
『万葉集』まで広げると、「つま」という言葉の性質がさらにわかりやすくなります。
巻十五の3625番歌には、鴨が「都麻」と一緒にいる様子を詠んだ表現があります。
人間の夫婦だけではなく、動物のつがいの相手にも「つま」が使われているのです。
この用例からも、「つま」の中心にあった意味が「妻という立場の女性」ではなかったことがわかります。
二つで一組になる相手の一方を「つま」と表す感覚があったのでしょう。
現在でも「つがい」という言葉は、二つで一組になる動物などに使われます。
古い「つま」には、それに近い関係性を表す働きがあったと考えるとわかりやすくなります。
また、古語の「つま」には、人間や動物だけでなく、深く関係する一組のものの片方を表す用法も確認されています。
こうした意味の広がりを見ると、「夫に従属する女性」という現在から連想されやすいイメージとはかなり違います。
古代の「つま」は、一方に対して存在するもう一方という、より広い関係を表す言葉だったのです。
なぜ現在は女性の配偶者だけを「妻」と呼ぶようになった?
古代には男性にも女性にも使われた「つま」ですが、現代では基本的に女性の配偶者を表します。
では、いつから意味が変わったのでしょうか。
この点について、「○年から突然女性だけを指すようになった」と特定できるような単純な変化ではありません。
言葉の意味は、長い時間の中で少しずつ使い分けが進みます。
男性の配偶者については「夫」「おっと」などの表現が定着し、「つま」は次第に女性側を表す使い方へ偏っていったと考えられます。
現在の国語では、「妻」は夫婦のうち女性のほう、夫の配偶者を指すのが基本です。
一方、「夫」という漢字には、古い読みとして「つま」が残っています。
この少し不思議な読み方は、「つま」がかつて男性にも使われていた歴史の痕跡といえるでしょう。
現在の意味だけを見ると、「妻」と「夫」は完全に反対語です。
しかし言葉の歴史をさかのぼると、かつては同じ「つま」という音で互いの相手を表すことができました。
一つの日本語が、長い時間をかけて意味の範囲を狭めていった例なのです。
「妻」という漢字はどうやって生まれた?文字の成り立ちと由来
日本語の「つま」と漢字の「妻」は別々に生まれた
「妻の語源」を考えるときに、必ず分けて考えたいものがあります。
日本語の「つま」という言葉の由来と、漢字「妻」の成り立ちです。
この二つは同じではありません。
「つま」は日本語として使われてきた言葉です。
一方の「妻」は、中国で成立して日本へ伝わった漢字です。
日本では、すでに存在していた日本語の意味に合う漢字を当てて読む「訓読み」が行われてきました。
そのため、「妻」という漢字に日本語の「つま」という読みが対応するようになりました。
『古事記』に「都麻」と書かれている例があることからも、「つま」という日本語が「妻」という一文字だけに依存していたわけではないことがわかります。
「都」と「麻」は、この場合、それぞれの漢字そのものの意味より音を利用した表記です。
つまり、「なぜ日本人が配偶者を『つま』と呼んだのか」という疑問を、漢字「妻」の形だけから説明することはできません。
反対に、「妻という漢字がなぜこの形なのか」は、日本語の「つま」の語源だけでは説明できません。
この二つを分けるだけで、語源の話はずっと整理しやすくなります。
「妻」の古い字形は何を表している?
「妻」は現在8画で、「つま」という訓読みと「サイ」という音読みを持つ常用漢字です。
漢字の成り立ちについては、古い字形を女性の姿に関係する象形と見る説明があります。
現在の字体だけを見ると、上の部分と「女」が組み合わさっているように見えます。
しかし、漢字の字源を考えるときは、現在の形ではなく甲骨文字や金文など古い字形までさかのぼる必要があります。
現在一般的に用いられている字源説明では、髪にかんざしを挿し、手で髪を整えている女性の姿をかたどった象形文字とされています。
ただし、非常に古い漢字の字形については、研究によって細かな解釈が異なる場合があります。
そのため、「古代中国の結婚式で必ずこの髪型をしたから妻という字になった」といった細部まで断定するのは避けたほうが安全です。
確実に押さえておきたいのは、「妻」が日本で新しく作られた漢字ではなく、中国から伝わった文字であることです。
日本語の「つま」と、中国で成立した「妻」という文字が、日本の漢字文化の中で結び付いたと考えるとわかりやすいでしょう。
髪を整える女性の姿という説明はどういう意味?
「妻」の字源で特徴的なのが、髪と手の動作です。
古い字形をもとにした一般的な説明では、女性がかんざしを挿し、手で髪を整える姿がもとになったとされています。
現在の「妻」という文字から、その姿を直接想像するのは難しいでしょう。
漢字は数千年にわたって書きやすい形へ変化してきたためです。
ここで注意したいのが、「髪を整えている女性の姿」という説明と、「日本語のつまの語源」を混ぜないことです。
仮に漢字「妻」の古い形が女性の姿を表していたとしても、日本人がなぜ配偶者を「つま」と発音するようになったのかを説明しているわけではありません。
日本語では古く、男性の配偶者にも「つま」が使われています。
この事実だけでも、「つま」という日本語そのものが漢字「妻」の女性像から生まれたのではないことがわかります。
一つの文字の中に、中国で生まれた漢字の歴史と、日本で使われてきた言葉の歴史が重なっているのです。
「妻」を「サイ」と読むのはなぜ?
「妻」は単独では「つま」と読むことが多いですが、「夫妻」「妻子」「愛妻」「妻帯」では「サイ」と読みます。
これは訓読みと音読みの違いです。
「つま」は、日本語にもともと存在していた言葉を漢字の意味に対応させた訓読みです。
一方、「サイ」は漢字が中国から伝わった際の発音をもとに日本語化した音読みです。
たとえば「山」を単独で「やま」と読み、「富士山」では「サン」と読むのと同じような仕組みです。
そのため、「つま」が変化して「サイ」になったわけではありません。
出発点が異なる二種類の読み方が、一つの漢字に共存しているのです。
「妻子」は「さいし」と読むのが一般的ですが、「妻と子」を意味する言葉として古くから使われてきました。
「妻」という一字を見るだけでも、日本固有の言葉と中国から取り入れた漢字文化の両方を知ることができます。
「端」と「妻」は本当に関係ある?身近な「つま」から語源を深掘り
建物の「妻」が端の部分を意味する理由
「妻」という漢字は、配偶者とはまったく違う世界でも使われています。
代表的なのが建築です。
「切妻屋根」「妻側」「妻入り」などの言葉を見たことがある人もいるでしょう。
建物でいう「妻」は、長手方向の端にあたり、棟と直角になる側を指します。
切妻屋根の場合には、屋根の側面に見える三角形の部分を「妻」と呼ぶこともあります。
ここでは女性の配偶者という意味ではありません。
古い「端(つま)」の意味が残ったものです。
現在の日常会話では「つま」と聞けば配偶者を思い浮かべますが、日本語の歴史では「つま」は物の端やへりも表してきました。
この建築用語を知ると、配偶者の「つま」と「端」の関係を説明する語源説も理解しやすくなります。
「つま」は単純に女性を表す音ではなく、古くから複数の意味を持つ日本語だったのです。
「切妻」「妻戸」「妻入り」の「妻」も配偶者と関係する?
建築では「妻」を含む言葉が数多く残っています。
「切妻」は、屋根の形式を表す代表的な言葉です。
「妻入り」は建物の妻側に出入り口を設ける形式を意味します。
また、「妻戸」は家の端のほうに設けられる開き戸や、寝殿造の建物の四隅に設けられた戸を指します。
これらの「妻」を、女性の配偶者から派生した言葉と考える必要はありません。
共通しているのは「建物の端」という位置です。
現代人には「妻=女性」という意味が強いため、「妻戸」という文字を見ると不思議に感じられます。
しかし、古い「つま」に「端」という意味があることを知れば、名前の理由が見えてきます。
同じ音の言葉でも、時代や分野によって一部の意味だけが残ることがあります。
建築用語の「妻」は、日常語では目立たなくなった古い「つま」の意味を現在まで保存している例といえるでしょう。
刺身の「つま」と配偶者の「妻」は語源が同じ?
刺身の横や下に添えられる大根、海藻、香味野菜なども「つま」と呼ばれます。
現在の意味では、刺身を引き立てるために添えられる野菜や海藻などを指し、そこから「添え物程度の役割」という比喩にも使われます。
では、この「つま」と配偶者の「つま」は同じ語源なのでしょうか。
刺身の「つま」の由来については一つに確定しているわけではありません。
料理の端に添えるため「端(つま)」と呼んだとする説と、主となる料理のそばに寄り添うものを夫婦関係にたとえて「妻」と呼んだとする説があります。
そのため、「刺身のつまが妻という言葉の語源です」と説明するのは順序が逆です。
配偶者を表す「つま」は『古事記』にも登場する非常に古い言葉ですが、刺身という料理の添え物を表す用法はそれより後のものです。
大切なのは、同じ「つま」という音の中に「端」「相手」「添えるもの」という意味のつながりが見えることです。
刺身のつまは、古い日本語の意味が別の形へ広がった可能性を考えるうえで興味深い例なのです。
「稲妻」の「妻」はなぜ妻なの?
「妻」という言葉の古い意味を知るうえで、ぜひ覚えておきたいのが「稲妻」です。
現在は「いなずま」と書きますが、この言葉はもともとの語構成を考えると「稲」と「つま」の組み合わせです。
古くは、雷と稲が交わることで稲穂が実るという考え方があり、雷を「稲のつま」と捉えたことが言葉の背景にあります。
ここでの「つま」は、現在の「妻=女性」だけで考えるとうまく理解できません。
古代には男性も女性も「つま」と呼ぶことができたからです。
つまり「稲妻」の「妻」は、稲と結び付く相手や配偶者という古い意味を考えると理解しやすくなります。
さらに面白いのが、「いなずま」と「いなづま」の表記です。
語源を意識すれば「稲+つま」なので、連濁によって「いなづま」と書きたくなります。
しかし、1986年に告示された現代仮名遣いでは、現代語として語構成がわかりにくくなった語について「ず」を使う例として「いなずま」が本則になっています。
日常的な一語の中に、古代の「つま」の意味が現在まで残っているわけです。
「相対するもの」という意味から配偶者を表すようになった?
「端」と「妻」の関係を考えるとき、「端だから重要ではない」という発想を持つ必要はありません。
ここで重要なのは価値の上下ではなく、位置や関係です。
古い「端(つま)」には、本体や中心に対してもう一方の側にあるものという意味があります。
そこから、人間関係でも自分に相対する相手を「つま」としたという説明が成り立ちます。
この考え方なら、男性から女性を「つま」と呼び、女性から男性も「つま」と呼んだ古代の用法を同時に説明できます。
『万葉集』で鴨の連れ合いにも「つま」が使われることともよく合います。
二つで一組になるものには、自分から見た「もう一方」があります。
古い「つま」は、そのような関係を表す言葉だった可能性があるのです。
もちろん、語源そのものは完全に確定していません。
それでも、「古代には男女共通だった」「動物のつがいにも使われた」「端という同音の古語がある」という三つの事実を並べると、現在の「妻」だけから想像するより、昔の意味がずっと見えやすくなります。
「妻」「嫁」「奥さん」「家内」は何が違う?語源からわかる使い分け
「妻」と「嫁」は本来まったく同じ意味ではない
日常会話では、自分の配偶者を「嫁」と呼ぶ人も珍しくありません。
現在の「嫁」には「妻」という意味もあり、その使い方自体が存在しないわけではありません。
ただし、「妻」と「嫁」はもともとの関係の表し方が異なります。
「妻」は夫婦関係から見た女性の配偶者です。
一方、「嫁」の基本的な意味の一つは、親から見た息子の妻です。
つまり、「妻」は夫との関係を中心にした呼び方で、「嫁」は夫側の親や家との関係から生まれた性格を持つ呼び方です。
そのため、仕事上の紹介や説明文などで自分の女性配偶者との関係を正確に伝えたい場合は、「妻」と表現するほうがわかりやすいでしょう。
もちろん、実際の会話では地域や世代、家庭によって「嫁」の使われ方は異なります。
「自分の妻を嫁と呼ぶのは絶対に間違い」とまで言うことはできません。
ただし、言葉の由来を知っておくと、「妻」と「嫁」が最初から完全な同義語だったわけではないことがわかります。
「奥さん」はなぜ「奥」と呼ぶ?言葉の由来
「奥さん」は現在、他人の妻を敬っていう言葉として広く使われています。
この言葉は「奥様」が少しくだけた形になったものです。
もともと「奥様」は、公家や大名など身分のある人の妻を敬って呼ぶ表現でした。
「奥方」という言葉もあり、武家屋敷などで女性が暮らす奥まった場所と、その場所に住む妻が結び付いて、身分のある人の妻への敬称になりました。
そこから対象が広がり、現在では一般家庭の妻にも使われています。
この歴史を知ると、「奥さん」が単に「妻をやわらかく言った言葉」ではないことがわかります。
基本的には相手側の妻に敬意を込めて使う性質があります。
自分の配偶者について「うちの奥さん」と言う会話表現も現在ではよく聞かれます。
ただし、関係を明確にする文章や改まった自己紹介では「妻」とするほうが簡潔です。
「家内」「女房」はどこから生まれた言葉?
「家内」も「女房」も現在は妻を表す言葉ですが、最初からその意味だけだったわけではありません。
「家内」は文字どおり、もともと家の中を表す言葉です。
そこから家族や家庭全体を表し、さらに第三者に対して自分の妻を指す意味でも使われるようになりました。
現在も「家内安全」という言葉では、妻一人ではなく家族全体という意味が残っています。
一方の「女房」は、さらに意外な歴史を持っています。
「房」は部屋という意味で、もともとの「女房」は宮中などで女性に与えられた部屋や、そこに部屋を与えられて仕える女官を表しました。
平安文学で清少納言や紫式部などを「女房」と呼ぶのも、この意味です。
その後、貴族などに仕える女性、一般の女性へと意味が広がり、中世以後には妻を表す使い方も現れました。
現在ではどちらも妻を指すことができますが、語源をたどると「妻」とはまったく別の道を通って現在の意味へたどり着いたことがわかります。
自分の配偶者を人に紹介するときは何と呼ぶのが自然?
自分の女性配偶者を第三者に紹介するとき、迷ったら「妻」とするのがわかりやすいでしょう。
「妻」は現在、夫婦のうち女性の配偶者を直接表す言葉だからです。
「家内」も自分の妻を指す言葉として使えます。
「女房」も妻を意味しますが、現在ではややくだけた印象や古風な印象を受ける人もいます。
「奥さん」は基本的には他人の妻に対する敬称です。
「嫁」は現在、自分の妻という意味でも使われますが、本来は息子の妻を表す意味も持っています。
整理すると、次のようになります。
| 言葉 | 現在の主な使い方 | 由来・特徴 |
|---|---|---|
| 妻 | 自分や第三者の女性配偶者 | 古くは男女双方の相手を表した |
| 嫁 | 息子の妻、自分の妻など | 家や親子関係から見た呼称としての性格を持つ |
| 奥さん | 主に他人の妻 | 「奥様」から変化した敬称 |
| 家内 | 主に自分の妻 | 家の中、家族という意味から広がった |
| 女房 | 主に自分の妻 | もとは宮中などで部屋を与えられた女官 |
日常会話では、人それぞれ慣れた呼び方があります。
そのため、「この言い方以外はすべて誤り」と考える必要はありません。
一方、仕事や文章などで関係を簡潔かつ誤解なく伝えることを優先するなら、「妻」が使いやすい表現です。
「妻」の語源・由来まとめ
普段何気なく使っている「妻」という言葉には、現在の意味だけでは見えてこない長い歴史があります。
最も大きなポイントは、古代の「つま」が女性だけを表す言葉ではなかったことです。
『古事記』には女性が男性を「都麻」と呼ぶ例があり、男性から女性を「都麻」と呼ぶ例も残っています。
『万葉集』では鴨のつがいの相手にも「つま」が使われています。
つまり、古い「つま」は現在の「妻」より「相手」「連れ合い」に近い性質を持っていました。
語源については完全に一つへ確定しているわけではありません。
古い「端(つま)」が持つ「本体に対して相対する位置のもの」という意味から、夫婦や恋人の相手を表したとする説明があります。
一方、「つ」と「ま」に分ける説明など、ほかの語源説もあります。
また、日本語の「つま」の語源と、漢字「妻」の成り立ちは別の問題です。
「妻」という漢字は、古い字形について、かんざしを挿し手で髪を整える女性の姿を表した象形文字と説明されています。
日本では、その漢字に古くから存在した日本語の「つま」という読みが対応しました。
さらに、「切妻」「妻戸」のような建築用語には「端」の意味が残り、「稲妻」には男女を問わず相手を表した古い「つま」の姿を見ることができます。
刺身の「つま」にも、「端」や「添えるもの」といった意味とのつながりを考えさせる語源説があります。
一文字の「妻」をたどるだけで、日本語の意味が時代とともに変わっていく様子や、日本語と漢字が別々の歴史を持ちながら結び付いてきたことまで見えてきます。
「なぜ妻をつまと呼ぶのだろう」という素朴な疑問は、日本語のかなり深い歴史につながっているのです。
