「こだわりの逸品」「素材へのこだわり」「職人のこだわり」。
現在の「こだわり」には、妥協せず良いものを追求する前向きなイメージがあります。
ところが、この言葉は昔から褒め言葉だったわけではありません。
古い「こだわる」には、物が「ひっかかる・つかえる」という意味があり、そこから「あることが心に引っかかる」「必要以上に気にする」という否定的な意味でも使われてきました。
さらに調べてみると、1678年の文献にはすでに「こだわり」の用例が残り、『東海道中膝栗毛』では現代とはまったく違う場面で「こだわる」が使われています。
では、なぜ「とらわれる」に近かった言葉が、「職人のこだわり」のような褒め言葉として使われるようになったのでしょうか。
この記事では、「こだわり」の由来、本来の意味、漢字で「拘る」と書く理由、肯定的な意味が広まった時期まで、古い用例や文化庁の調査、言語研究をもとに分かりやすく解説します。
言葉の歴史を知ったあとでは、いつもの「こだわり」という一語が少し違って見えてくるはずです。
「こだわり」の語源・由来とは?
「こだわり」は動詞「こだわる」から生まれた言葉
私たちが日常的に使っている「こだわり」は、動詞「こだわる」の連用形が名詞になった言葉です。
「味にこだわる」が「味へのこだわり」になると考えると、成り立ちは分かりやすいでしょう。
「こだわり」という名詞は、最近になって広告や商品紹介のために作られた言葉ではありません。
『精選版 日本国語大辞典』に収録されている古い実例には、1678年の『色道大鏡』に登場する「こだわり」があります。
つまり、少なくとも17世紀の文献にはすでにこの言葉の使用例が残っています。
ただし、ここで注意したいのが、文献に残る最古級の例と、言葉そのものが生まれた時期は同じとは限らないことです。
江戸時代の話し言葉がすべて文字として残っているわけではありませんし、残っていた文献が失われている可能性もあります。
そのため、「1678年に『こだわり』という言葉が誕生した」と断定することはできません。
確実に言えるのは、1678年の文献で使用が確認できるというところまでです。
そして、当時の「こだわり」は、現在の「こだわりの逸品」のような褒め言葉とはかなり異なる性格を持っていました。
この違いを知ることが、言葉の由来を理解する最初のポイントです。
「こだわる」の古い意味は「ひっかかる・つかえる」
現在の「こだわる」から連想しやすいのは、「妥協しない」「細部まで追求する」といった前向きな姿勢でしょう。
ところが、古い用法には「すらすら進まず、ひっかかったりつかえたりする」という意味があります。
十返舎一九の『東海道中膝栗毛』には、脇差の鍔が体の横に引っかかる様子を「こだわる」で表した例が残っています。
ここでの「こだわる」は、品質や信念を追求することではありません。
物が何かに引っかかり、すんなり動かない状態を表しています。
この古い意味を知ると、現在まで残っている「過去の失敗にこだわる」という使い方も理解しやすくなります。
物が途中で引っかかるように、ある出来事が心に引っかかり、そこから気持ちが離れなくなるわけです。
さらに時代が進むと、「一つのものから離れない」という部分が、今度は「一つのことを徹底して追求する」という前向きな評価にもつながっていきます。
現在では正反対に見える意味が共存していますが、その根には「引っかかって簡単には離れない」という共通した感覚があります。
語源そのものは一つに確定できるの?
「こだわる」の成り立ちについては、語をいくつかの要素に分解して説明する説を目にすることがあります。
しかし、そうした説明を確定した語源として扱うのは慎重であるべきです。
現在、信頼性の高い辞書資料や言語研究から明確に確認できるのは、江戸時代以降に残された具体的な用例と、そこで使われていた意味です。
一方で、「この二つの語が結び付いて『こだわる』になった」と一つに断定できるほど明確な成立過程までは確認できません。
語源では、現代の音や意味から「こう分かれるのではないか」と説明できても、それだけで歴史的な成り立ちが証明されたことにはなりません。
古い表記、音の変化、同時代の用例などがそろって初めて、説の信頼性は高くなります。
そのためこの記事では、確証の乏しい語源説を事実として紹介するのではなく、文献で確認できる「こだわる」の古い意味と、その後の変化を中心に見ていきます。
言葉の由来を知るうえでは、この方法のほうが確実です。
江戸時代の用例から分かること
「こだわり」「こだわる」には、江戸時代の複数の用例が残されています。
名詞の「こだわり」では、1678年の『色道大鏡』が辞書に採録された早い実例です。
動詞では、18世紀初めの浄瑠璃に「難癖をつける」に近い用法が記録されています。
さらに19世紀初めの『東海道中膝栗毛』では、「物がひっかかる」という用法が確認できます。
これらを見ると、昔の「こだわる」は現在のような「良いものを追求する」という意味を中心にした言葉ではなかったことが分かります。
むしろ、何かに引っかかる、細かなことが問題になる、すんなり先に進めないといった感覚が強く表れています。
現代では「こだわり」と聞くと、職人や専門家の高い意識を思い浮かべることがあります。
しかし、そのイメージだけで江戸時代の文章を読んでしまうと、意味を取り違えてしまう可能性があります。
同じ言葉でも、時代によって評価や使われ方は変わるのです。
「こだわり」の由来を簡単にまとめると
ここまでで確実に押さえておきたいことは三つあります。
「こだわり」は「こだわる」が名詞化した言葉です。
「こだわる」には古く、「ひっかかる・つかえる」「細かなことを問題にする」といった意味がありました。
そして現在では、「あることを必要以上に気にする」という意味に加え、「妥協せず追求する」という肯定的な意味も広く使われています。
つまり、この言葉を理解する鍵は「何かから簡単に離れない」という感覚です。
物が引っかかって離れないところから、心が一つのことにとらわれる意味へ広がり、さらに一つの対象を徹底して追求する意味へと発展してきたと捉えると理解しやすくなります。
語そのものの成立過程には断定できない部分が残りますが、意味の変化については古い用例や研究からかなり具体的に追うことができます。
「こだわり」は本来どんな意味の言葉だった?
昔は「必要以上に気にする」という悪い意味が中心だった
「いつまでも過去にこだわっていても仕方がない。」
この文章の「こだわる」は、今でも昔ながらの意味を感じやすい使い方です。
過去を大切にしていることを褒めているのではなく、一つのことが気になって気持ちを切り替えられない状態を表しています。
「こだわる」には長く、気にしなくてもよいようなことを必要以上に気にし、そこに心をとらわれる意味がありました。
そのため、「そんな細かいことにこだわるな」と言えば、今でも否定的な意味になります。
昔の意味で重要なのは、単に「詳しい」「好き」ということではありません。
ある対象が心に引っかかり、それを簡単に手放せなくなることです。
「物がひっかかる」という古い用法を、心の動きに置き換えたような意味だと考えると分かりやすいでしょう。
現在の華やかな「こだわりの商品」という表現だけを知っていると意外に感じますが、もともとは手放しで褒めるための言葉ではなかったのです。
「拘泥する」が昔ながらの意味に近い
昔からの「こだわる」に近い言葉として、「拘泥する」があります。
「拘泥」は、一つのことを必要以上に気にして、それにとらわれることを表します。
たとえば、「形式に拘泥する」と言えば、形式を大切にすることを褒めているというより、形式ばかり気にして本質を見失っているような印象になります。
「過去に拘泥する」も、過去から気持ちを切り替えられない様子を表す言葉です。
「こだわる」も以前は、このような否定的なニュアンスを強く持っていました。
ところが現代の「こだわる」には、「品質にこだわる」「本物の味にこだわる」のような肯定的な使い方があります。
一方、「拘泥する」に同じような褒め言葉としての広がりはほとんどありません。
この違いを見ると、「こだわる」という言葉だけが意味と評価を大きく広げてきたことがよく分かります。
「難癖をつける」という意味もあった
さらに古い「こだわる」には、「難癖をつける」「細かなことを取り上げて文句を言う」という意味もありました。
名詞の「こだわり」にも、「こだわりをつける」という形で文句や難癖を表す使い方が記録されています。
現在の「料理人のこだわり」という表現からは、かなり遠く感じる意味でしょう。
しかし、「細かな点に引っかかって、そのまま先へ進まない」というイメージを考えると、古い意味同士のつながりが見えてきます。
小さな問題をそのまま流さず、そこに引っかかって文句を言う状態です。
「ひっかかる」「心がとらわれる」「難癖をつける」は別々の意味に見えますが、どれも「ある点から簡単に離れない」という感覚を含んでいます。
この共通点が、その後の意味変化を考える手がかりになります。
江戸時代から現代までの意味の変化を年表で見る
「こだわり」の歴史は、年代順に並べるとさらに分かりやすくなります。
| 時期 | 確認できる内容 |
|---|---|
| 1678年 | 『色道大鏡』に名詞「こだわり」の古い実例がある |
| 18世紀初め | 「こだわる」に難癖をつけるような用法が確認される |
| 1802~1809年 | 『東海道中膝栗毛』に物が「ひっかかる」意味での用例がある |
| 近代以降 | 「心にかかる」「気持ちがとらわれる」という意味が広く使われる |
| 20世紀後半 | 細部まで追求する肯定的な用法が広がる |
| 1990年代 | 肯定的な意味を国語辞典に記載する例が増える |
| 現代 | 否定的な意味と肯定的な意味が共存している |
1678年の実例と『東海道中膝栗毛』の用例は、日本国語大辞典系の資料から確認できます。
また、2002年に発表された佐尾ちとせ氏の研究では、1990年代から国語辞典で肯定的な新用法の記述が増え、2002年時点では主要な辞書のほとんどが扱うようになっていたことが報告されています。
こうして並べると、「悪い意味がある日突然、良い意味に変わった」のではないことが分かります。
長い時間をかけながら意味の範囲が広がり、新旧の意味が共存するようになったのです。
『東海道中膝栗毛』の「こだわる」は現代とかなり違う
古い意味を最もイメージしやすいのが、『東海道中膝栗毛』の用例です。
作品中では、脇差の鍔が横腹の辺りに引っかかる状態に「こだわる」が使われています。
現代語にすれば、「脇差が引っかかっている」といった感覚です。
「職人が素材にこだわる」とは、まったく違う場面で使われています。
ところが、「引っかかって簡単に離れない」という部分に注目すると、現代の意味へつながる道筋が見えてきます。
物がひっかかる状態から、何かが心にひっかかる状態へ意味が広がります。
そして「一つのことが心から離れない」という特徴が、やがて「一つのことを妥協せず追求する」という肯定的な意味にもつながりました。
言葉の表面的な意味だけを見ると大きな変化ですが、その奥には共通したイメージが残っているのです。
「こだわる」を漢字で「拘る」と書くのはなぜ?
「拘」という漢字が持つ意味
「こだわる」は、「拘る」と漢字で書かれることがあります。
「拘」という字を使った身近な言葉には、「拘束」「拘留」「拘置」などがあります。
文化庁の常用漢字表でも、「拘」の音は「コウ」で、用例として「拘束」「拘留」「拘置」が示されています。
これらには、自由に動けないようにするという共通したイメージがあります。
この感覚は、何かに心をとらわれて簡単には離れられない、昔ながらの「こだわる」とよく合います。
ただし、「拘」という漢字が「こだわる」という日本語そのものの語源だと考えるのは適切ではありません。
日本語では、すでに存在していた和語に、意味の近い漢字を当てて表記することがあります。
そのため、「拘る」という漢字表記は意味を理解するヒントにはなりますが、言葉の成立を直接証明するものではありません。
「拘束」「拘泥」と「こだわる」の共通点
「拘束」「拘泥」「こだわる」を比べると、「自由に離れられない」という共通したイメージがあります。
身体を拘束されれば、自由に動くことができません。
一つの考えに拘泥すれば、そこから気持ちを離しにくくなります。
あることにこだわれば、その対象を簡単には手放しません。
昔ながらの否定的な意味では、この共通点が特に分かりやすく表れます。
「小さな失敗にこだわり続ける」という場合、心が失敗に縛られているような状態です。
ところが現代では、「離れない」という特徴が逆に高く評価される場合があります。
「味にこだわる」であれば、納得できる味になるまで自分の基準を手放さないということです。
つまり、昔の意味と現代の肯定的な意味は完全に切り離されているわけではありません。
同じ性質を「とらわれている」と見るか、「妥協しない」と見るかによって評価が変わっているのです。
「拘る」の「こだわる」は常用漢字表の読み方ではない
「拘」という漢字そのものは常用漢字です。
しかし、文化庁の常用漢字表を見ると、「拘」に掲げられている読みは音読みの「コウ」です。
訓読みとして「こだわる」は掲載されていません。
そのため、「拘」は常用漢字だから「拘る」という表記も常用漢字表に沿った読み方だ、と考えるのは正確ではありません。
「こだわる」は常用漢字表に載っていない読み方になります。
もちろん、「拘る」と書くこと自体が禁止されているわけではありません。
文学作品や個人の文章などで使うことはできます。
ただ、幅広い人に読んでもらう文章では、読みやすさを考えて「こだわる」とひらがなにするほうが自然です。
ウェブ記事や商品説明などでは、読者が読み方で迷わないことも大切です。
ひらがなの「こだわる」が読みやすい理由
「素材に拘った料理」と「素材にこだわった料理」を比べると、後者のほうがすぐ読める人は多いでしょう。
「拘る」の「こだわる」という読みは常用漢字表にないため、漢字表記に慣れていない人が一瞬迷う可能性があります。
さらに、現在の「こだわり」は料理、住宅、ファッション、趣味、ものづくりなど幅広い場面で使われる日常語です。
専門的で硬い文章より、商品紹介や会話に近い文章で登場することも多くあります。
そのため、意味を素早く伝えられるひらがな表記と相性がよい言葉です。
漢字を使うことで特別な効果を狙う場合を除けば、「こだわる」「こだわり」と書いて問題ありません。
漢字を知ると昔の意味が理解しやすい
普段「こだわり」をひらがなで見ていると、明るく前向きな言葉に感じる人も多いでしょう。
しかし「拘る」と表記して、「拘束」「拘泥」と同じ字だと知ると、昔の意味が見えやすくなります。
心が一つのことにつかまり、そこから自由になれない状態です。
「そんなことにこだわらなくていい」という表現には、今でもこの感覚が残っています。
一方、「職人が細部にこだわる」となれば、同じ「簡単には離れない」という姿勢が、「最後まで妥協しない」という長所になります。
漢字だけから語源を決めることはできません。
それでも、「こだわり」がなぜ否定的な意味と肯定的な意味の両方を持てるのかを理解する材料として、「拘」という漢字は非常に分かりやすい存在です。
なぜ「こだわり」は良い意味で使われるようになった?
「素材にこだわる」は昔の意味だけなら不思議な表現
現在では、「国産食材にこだわる」「製法にこだわる」「デザインにこだわる」といった表現をよく使います。
聞いた人も、多くの場合は「品質を大切にしている」「妥協していない」という良い意味で受け取るでしょう。
ところが、昔ながらの意味だけで考えれば、「食材にこだわる」は「食材のことを必要以上に気にしている」とも読めます。
本来マイナスの評価を含んでいた言葉が、なぜ商品や仕事への褒め言葉として定着したのでしょうか。
鍵になるのは、「普通なら気にしないような細かな部分まで気にする」という行動への評価です。
それを「細かすぎる」と見れば否定的になります。
反対に、「細部まで妥協しない」と見れば、高い品質を生み出す長所になります。
同じ行動でも、社会がそこに価値を見いだせば、言葉の評価も変わります。
「こだわる」の肯定的な意味は、こうした意味の広がりとして説明できます。
「とらわれる」から「妥協しない」へ評価が変わった
昔の「こだわる」と現代の肯定的な「こだわる」は、一見すると正反対に感じます。
しかし、中心にある行動はよく似ています。
どちらも、一つの対象から簡単には離れません。
失敗をいつまでも気にして離れられないのであれば、「失敗にこだわる」と否定的に評価されます。
納得できる品質になるまで基準を変えないのであれば、「品質にこだわる」と肯定的に評価されます。
つまり、「離れない」という部分は共通していて、その状態が本人や周囲にどのような結果をもたらすかによって評価が変わるのです。
佐尾ちとせ氏の研究では、現代の肯定的な用法として、他人なら気にしない細部にまで注意を向けることや、ある事柄や要素を追求し続ける使い方が分析されています。
この意味の橋渡しを理解すると、「悪い意味が突然、良い意味に反転した」というより、もともとの特徴を前向きに評価する使い方が増えたと考えられます。
肯定的な意味は20世紀後半に広がった
「こだわる」の肯定的な使い方は、江戸時代から現在まで同じように続いてきたわけではありません。
2002年の佐尾ちとせ氏の研究では、国語辞典における「こだわる」の語義記述が調査されています。
その結果、1990年代から肯定的な新用法を記載する辞書が増え、2002年時点では主要な辞書のほとんどがこの用法を扱うようになっていたと報告されています。
ここで大切なのは、「辞書に載ったから正しい意味になった」という順序で考えないことです。
辞書は実際に社会で使われている言葉を調査し、その使用が広がった結果を語釈へ反映する役割も持っています。
つまり、20世紀後半に肯定的な「こだわる」が社会で広がり、それを辞書が追う形で記述するようになったと見ることができます。
現在では「食材にこだわる」を聞いて違和感を持たない人が珍しくありませんが、その感覚自体が言葉の歴史から見れば比較的新しいものなのです。
文化庁の調査でも肯定的な使い方は広く定着している
肯定的な「こだわる」がどの程度一般化しているのかは、文化庁の調査から具体的に見ることができます。
平成27年度の「国語に関する世論調査」では、「まだ過去のことにこだわっている」と「食材にはとことんこだわっている」のどちらを使うかが全国の16歳以上を対象に調べられました。
「過去のことにこだわっている」の方だけを使う人は20.9%でした。
両方を使う人は53.6%でした。
「食材にはとことんこだわっている」の方だけを使う人は18.5%でした。
両方を使う人を含めると、従来型の「過去のことにこだわる」を使う人は74.5%、肯定的な「食材にこだわる」を使う人は72.1%となっています。
つまり、2015年度の時点ですでに、新しい使い方は従来の使い方に近いほど広く使われていました。
さらに平成13年度の調査では、「食材にこだわる」を使う人の合計は60.2%だったため、平成27年度には12ポイント増えています。
感覚だけではなく、実際の調査データからも肯定的な意味の定着が確認できるのです。
若い世代ほど肯定的な「こだわる」を使う傾向が見られる
文化庁の平成27年度調査を年齢別に見ると、さらに興味深い違いがあります。
16~19歳では、「食材にはとことんこだわっている」を使う人が81.0%でした。
一方、「過去のことにこだわっている」を使う人は59.5%です。
30代では肯定的な使い方が84.1%、従来型が72.7%となっています。
反対に70歳以上では、肯定的な「食材にこだわる」が54.8%、従来型の「過去にこだわる」が72.6%でした。
文化庁は、この調査について、30代以下では比較的新しい「食材にこだわる」を使う割合が従来型を上回り、60代以上では従来型の割合が上回ると整理しています。
この年代差を知ると、「こだわりの逸品」という言い方を自然に感じる人と、少し違和感を覚える人がいる理由も理解しやすくなります。
どちらかが日本語を間違えているという単純な話ではなく、言葉の変化を経験してきた世代が異なるのです。
「こだわりの逸品」は誤用なの?
現在の日本語で、「こだわりの逸品」「素材にこだわった料理」といった表現を誤用と決めつけることはできません。
肯定的な「こだわる」は国語辞典にも定着し、文化庁の世論調査でも幅広い年代に使われていることが確認されています。
したがって、「昔は悪い意味だったから、良い意味で使うのは間違い」という考え方では、現代の実際の日本語を十分に説明できません。
ただし、便利な言葉だからこそ使いすぎには注意が必要です。
「こだわりの素材を使い、こだわりの製法で作った、こだわりの一品」と繰り返しても、具体的に何が優れているのかは伝わりません。
「北海道産小麦だけを使う」「温度を一度単位で管理する」のように、何を大切にしているのかを具体的に説明したほうが説得力は高くなります。
「こだわり」は誤用ではありませんが、それだけで価値が伝わる魔法の言葉でもありません。
「こだわり」の語源から分かる現代の正しい使い方
現代では良い意味と悪い意味の両方が生きている
現在の「こだわる」を理解するとき、昔の意味から新しい意味へ完全に入れ替わったと考えないことが重要です。
現在も両方の意味が使われています。
「昔の失敗にこだわって何も始められない」と言えば、否定的です。
「納得できる品質にこだわって改良を続けた」と言えば、肯定的です。
どちらも自然な日本語です。
文化庁の調査でも、従来型と肯定的な用法の両方を使う人が53.6%と最も多くなっています。
この結果からも、現代の「こだわる」がどちらか一方だけの言葉ではないことが分かります。
意味を決めるのは、「こだわる」という単語だけではありません。
何にこだわっているのか、その結果どうなっているのか、話し手がどのような評価を込めているのかによって意味が変わります。
「こだわりが強い」は褒め言葉にも悪い意味にもなる
「こだわりが強い人」という表現は、前後の文脈によって評価が大きく変わります。
「細部まで美しさを追求する、こだわりの強い職人」と言えば、高い意識を評価する褒め言葉になります。
一方、「自分の手順を絶対に変えたがらない、こだわりの強い人」と言えば、柔軟性がないという否定的な評価になりやすいでしょう。
違いは、こだわりが何を生み出しているかです。
品質や技術の向上につながっていれば前向きに受け取られやすくなります。
本人や周囲の行動を妨げているなら、「執着」「固執」に近い印象になります。
誤解を避けたい場合は、「品質へのこだわりが強い」「手順にこだわりすぎる」のように、対象や評価まで具体的に書くと伝わりやすくなります。
「職人のこだわり」が自然に聞こえる理由
現在、「職人のこだわり」は代表的な褒め表現の一つになっています。
そこから連想されるのは、誰も気付かない細部まで確認する姿勢や、納得できる品質になるまで妥協しない態度です。
興味深いのは、この姿勢が昔の「こだわる」と完全に無関係ではないことです。
昔なら、細かな部分が気になってそこから離れられないことを否定的に捉えることがありました。
現代では、普通の人なら流してしまう細部にまで注意することが、専門性や品質の高さにつながる場面では評価されます。
佐尾ちとせ氏の研究でも、肯定的な「こだわる」には、他人なら気にしないような細かな点まで注意を向ける使い方があると分析されています。
「職人のこだわり」が自然に聞こえるのは、「細部から離れない」という昔からの特徴が、ものづくりの世界では長所として評価されるからだと考えると分かりやすいでしょう。
「執着」「固執」「信念」「追求」とどう違う?
「こだわり」は意味の幅が広いため、似た言葉に置き換えるとニュアンスが分かりやすくなります。
| 言葉 | 主なニュアンス | 使い方の例 |
|---|---|---|
| こだわり | 対象から簡単に離れない姿勢で、良い意味にも悪い意味にもなる | 品質へのこだわり |
| 執着 | 気持ちが離れず、とらわれている印象が強い | 過去への執着 |
| 固執 | 考えや方針を変えず、柔軟性が乏しい印象がある | 自分の考えに固執する |
| 信念 | 正しいと信じる考えを持ち続ける前向きな印象がある | 信念を貫く |
| 追求 | 目的や理想を求め続ける行動に重点がある | 品質を追求する |
「こだわり」の便利なところは、これらの間を文脈によって移動できることです。
悪い意味なら「執着」「固執」に近づき、良い意味なら「信念」「追求」に近づきます。
反対に言えば、「こだわり」だけでは話し手の評価が分かりにくい場合もあります。
文章で正確に伝えたいときは、何を意味しているのかに合わせて別の言葉を選ぶのも有効です。
「こだわり」の語源と意味の変化を一言でまとめると?
「こだわり」という言葉の歴史を短くまとめるなら、「引っかかって簡単に離れない状態から、妥協せず追求する姿勢へ意味を広げた言葉」と表現できます。
古い「こだわる」には、物がひっかかったり、すんなり進まなかったりする意味がありました。
そこから、あることが心に引っかかり、気持ちがとらわれる意味へつながりました。
さらに20世紀後半には、細かな部分まで注意を向けて追求する姿勢を前向きに評価する使い方が広がりました。
現在は「過去にこだわる」と「品質にこだわる」がどちらも普通に使われています。
同じ「離れない」という性質が、ある場面では欠点になり、別の場面では長所になります。
数百年にわたる意味と評価の変化が、一つの言葉の中に残っているのです。
「こだわり」の語源・由来まとめ
「こだわり」は、動詞「こだわる」が名詞化してできた言葉です。
文献上の古い実例として、1678年の『色道大鏡』に「こだわり」が確認されています。
古い「こだわる」には、物が「ひっかかる・つかえる」という意味や、細かなことを問題にして難癖をつけるような意味がありました。
そこから、「必要以上に気にする」「一つのことに心をとらわれる」という否定的な意味で広く使われるようになります。
さらに20世紀後半には、細部まで注意し、妥協せず追求する姿勢を表す肯定的な意味が広がりました。
2002年の研究では、1990年代から国語辞典でもこの新しい用法の記述が増え、主要辞書のほとんどが扱うようになっていたことが確認されています。
文化庁の平成27年度調査では、「食材にはとことんこだわっている」を使う人は72.1%に達していました。
16~19歳では81.0%だった一方、70歳以上では54.8%で、肯定的な用法には年代による差も見られます。
そのため、「こだわりの逸品」のような使い方を、昔の意味と違うという理由だけで誤用とすることはできません。
現在は、否定的な意味と肯定的な意味の両方が共存しています。
また、「拘」という字は常用漢字ですが、「こだわる」という読みは文化庁の常用漢字表には掲げられていません。
一般的な文章では「拘る」よりも「こだわる」とひらがなで書くほうが読みやすいでしょう。
語そのものがどのように成立したのかについては、一つの説に断定できない部分があります。
確実な文献から見えてくるのは、「ひっかかって簡単には離れない」という感覚を中心にしながら、長い時間をかけて意味と評価を変えてきた言葉だということです。
普段何気なく使っている「こだわり」には、江戸時代から現代まで続く日本語の変化が詰まっています。
