「わっしょい、わっしょい」といえば、日本のお祭りを思い浮かべる人も多いでしょう。
ところで、この「わっしょい」は何を意味し、どこから生まれた言葉なのでしょうか?
調べてみると、「和を背負う」「和一処」「韓国語が由来」など、実にさまざまな説が出てきます。
中でも「和を背負う」という説明は、みんなで神輿を担ぐ姿にぴったりなので、本当の語源だと思っていた人もいるかもしれません。
しかし、古い資料まで確認していくと、話はそれほど単純ではありません。
明治時代後期にはすでに「わっしょい」という言葉が使われていたことを確認できますが、「どの言葉から生まれたのか」については現在も決定的な答えが見つかっていないのです。
この記事では、国立国会図書館の資料、明治期の作品、神社や公的機関の情報などをもとに、「わっしょい」の意味と歴史を整理します。
「和を背負う説は本当なのか」「韓国語と関係があるのか」「いつ頃から使われているのか」といった疑問も、確認できる事実と未確定の説を分けながらわかりやすく解説していきます。
「わっしょい」の語源は何?まず結論と意味を整理
結論からいうと語源は現在も確定していない
祭りで神輿を担ぐときに聞こえてくる「わっしょい」は、日本人にとって非常になじみ深い掛け声です。
ところが、「なぜ、わっしょいと言うのか」と由来まで調べてみると、意外にも一つの答えにはたどり着きません。
「和を背負う」「和一処」「和と一緒」「朝鮮半島の言葉との関係」など、さまざまな説明が語られています。
しかし、今回、国立国会図書館の所蔵情報、公開されている明治期の資料、神社や公的機関の資料などを確認した範囲では、どれか一つを歴史的な語源として確定できる資料は確認できませんでした。
国立国会図書館も日本語の初出や語源を調べる際には、一つの文献に書かれた説だけが必ずしも正しいとは限らず、複数の資料や説を確認する必要があると説明しています。
そのため、最も正確に言うなら「わっしょいは古くから使われてきた掛け声だが、詳しい語源は確定していない」となります。
一方で、「いつ頃には使われていたのか」という問いには、ある程度まで答えることができます。
国立国会図書館には平出鏗二郎の『東京風俗志』が1899年から1902年に刊行された資料として残っています。
また、1900年の泉鏡花『葛飾砂子』には、実際に「わっしょいわっしょい」という表現が登場します。
つまり、少なくとも明治時代後期には、現在とほぼ同じ音の「わっしょい」が日本で使われていたことを文献から確認できます。
「語源がわからない」と「歴史がまったくわからない」は同じではないという点が、この記事を読むうえで大切なポイントです。
「わっしょい」について先に知りたい答えをまとめると?
細かな説を読む前に、検索している人が特に気になりやすい疑問を整理してみましょう。
| 気になること | 現時点で確認できる答え |
|---|---|
| 何を表す言葉? | 神輿などを担ぐ際に使われる代表的な掛け声 |
| 本当の語源は? | 確定できる資料は確認されていない |
| 「和を背負う」が由来? | 広く知られる説明だが、歴史的な語源として確定していない |
| 「和一処」が由来? | 現代に「和一処」を「わっしょい」と読む例はあるが、古い語源を証明するものではない |
| 韓国語が由来? | 似た音の言葉は存在するが、日本語への伝播を証明する資料は確認できない |
| いつ頃からある? | 少なくとも明治時代後期には使用例が確認できる |
| 正式な漢字は? | 一般的に固定された漢字表記は確認できない |
ここで特に注意したいのが、「意味」「現在のイメージ」「語源」を同じものとして考えないことです。
現在の祭りで「わっしょい」が団結や一体感を感じさせる掛け声になっていることと、昔その意味から言葉が誕生したことは別問題です。
たとえば「和を背負う」という説明は、神輿をみんなで担ぐ姿には驚くほどよく合います。
しかし、イメージがぴったり合うだけで、その言葉から音が変化したことまで証明できるわけではありません。
この区別を意識すると、多くの語源説を冷静に比較できるようになります。
現在の「わっしょい」はどんな場面で使われる?
「わっしょい」が最も印象的に使われるのは、やはり祭りで神輿を担ぐ場面です。
実際に富岡八幡宮は、深川八幡祭りについて「ワッショイ、ワッショイ」が伝統的な掛け声であると公式に説明しています。
この祭りでは53基の町神輿が勢ぞろいする連合渡御が行われる年もあり、掛け声とともに担ぎ手や沿道の人々が盛り上がります。
「わっしょい」と聞くと神輿を連想しやすいのは、こうした祭礼文化と深く結び付いて使われてきたためでしょう。
ただし、日本中の祭りが「わっしょい」で統一されているわけではありません。
地域や祭礼によって「オイサ」「ドッコイ」「ソイヤ」など、異なる声が使われています。
国立国会図書館のレファレンス協同データベースに収録された祭礼の掛け声に関する調査でも、「わっしょい」のほか、「ドッコイ」「チョイサー」など多数の掛け声が資料から確認されています。
そのため、「わっしょい」は祭りの代表的な掛け声ではありますが、日本全国で必ず使う共通の掛け声ではありません。
「わっしょい」はいつ頃から使われている?
「最初に誰が、いつ言ったのか」まで特定することはできません。
ただし、文字として残された古い使用例は確認できます。
国立国会図書館が所蔵している平出鏗二郎の『東京風俗志』は、富山房から1899年から1902年に刊行された東京の風俗を記録した資料です。
祭礼に関する記録には、神輿や樽神輿を担ぎながら「わっしょい」と叫ぶ当時の人々の様子が残されています。
また、1900年に発表された泉鏡花の『葛飾砂子』には、「わっしょいわっしょいと謂う内に駆けつけて」という一節があります。
ここから少なくともわかるのは、1900年前後には「わっしょい」という音が文章に書いても読者へ意味が伝わる言葉になっていたということです。
ただし、これを「わっしょいは明治時代に誕生した」と解釈してはいけません。
祭りの掛け声は、書物へ記録されるより前から口頭で使われていた可能性があります。
文字として確認できる年代と、実際に言葉が誕生した年代は同じとは限らないのです。
したがって、「少なくとも明治時代後期には確認できる」という表現が適切でしょう。
古い記録があるのに、なぜ語源まではわからないの?
一見すると不思議に思えるかもしれません。
1900年前後に「わっしょい」が使われていた記録があるなら、その少し前を調べれば語源もわかりそうに感じます。
しかし、言葉の語源を証明するためには、単に古い使用例を一つ見つければよいわけではありません。
「その前にどんな言葉が使われていたのか」「どのような音の変化が起きたのか」「いつ、どこで変化したのか」といったつながりを示す資料が必要です。
たとえば「和を背負う」から「わっしょい」になったと考えるなら、「和を背負う」に近い掛け声が先に使われ、それが少しずつ変化していった証拠が欲しくなります。
外国語が由来だとするなら、元の言葉が実際に存在するだけでなく、その言葉が日本へ伝わった時期や経路を示す資料も重要になります。
今回確認した公的資料や公開原典からは、その途中のつながりまで明確には確認できません。
だからこそ「昔から使われていること」はわかっても、「最初の形が何だったのか」はわからないのです。
「わっしょい」にはどんな語源説がある?代表的な説を比較
「和を背負う」が変化したという説
最も耳にする機会が多い説明の一つが、「和を背負う」から「わっしょい」が生まれたという説です。
神輿を大勢で担ぐ姿と「和を背負う」という言葉は、とても相性がよく感じられます。
一人では担げないものを多くの人が肩に載せ、声を合わせながら進む姿を考えれば、「和」というイメージを重ねたくなるのも自然です。
実際、東京都千代田区が発行した教育広報にも、神田祭に携わる地域の人から子どもたちが「わっしょい」の意味を「和を背負う」と教わった事例が記録されています。
ここからわかるのは、「和を背負う」という説明が現代の祭礼文化の中で実際に語られているということです。
しかし、「現代にそう説明されていること」と「歴史上その言葉から生まれたこと」は別です。
今回確認した『東京風俗志』の国立国会図書館書誌や明治期の公開資料からは、「和を背負う」という言葉が変化して「わっしょい」になったと確定できる記録は確認できませんでした。
したがって、「和を背負う」は魅力的で広く親しまれている解釈ではありますが、確定した語源として紹介するのは慎重であるべきです。
「和一処」が変化したという説
「和一処」という漢字を使い、「わっしょい」と読む考え方もあります。
「みんなが一つの場所に集まり、力を合わせる」という印象があり、これも祭りの光景によく似合います。
実際、現代に「和一処」を「わっしょい」と読む使用例はあります。
兵庫県丹波市では、豪雨災害からの復興に関するイベントの名称として「和一処」に「わっしょい」という読みを使っています。
つまり、「和一処=わっしょい」という表現そのものが現代に存在することは確認できます。
しかし、この事例から「昔の和一処という言葉が変化して、わっしょいになった」とまでは言えません。
語源として証明するには、現代の当て字だけではなく、「和一処」に近い言葉が古い時代に掛け声として使われ、そこから「わっしょい」へ変化していった記録が必要になるからです。
今回確認した資料では、その歴史的な連続性までは確認できませんでした。
「和一処」は、現在の「わっしょい」に込めたい団結や協力の気持ちを表す漢字としてはわかりやすい一方、語源としては未確定と考えるのが適切です。
韓国語や朝鮮半島の掛け声が由来という説
朝鮮半島の言葉との関係を考える説もあります。
この話でよく注目されるのが、「ワッソ」という音です。
大阪で開催されている四天王寺ワッソの公式情報では、祭りで使う「ワッソ」は現代韓国語で「来た」という意味だと説明されています。
四天王寺ワッソ自体は1990年に初開催された祭りであり、古代から中世に日本へ渡来した人々と日本側との交流を表現する行事です。
ここで注意したいことがあります。
「韓国語にワッソという音がある」という事実と、「日本語のわっしょいはワッソから生まれた」という主張は同じではありません。
日本語側の言葉がいつ借用され、どのように音が変化したのかという歴史的な経路を示さなければ、語源としては証明できないからです。
国立国会図書館のレファレンス協同データベースに収録された掛け声の調査事例には、朝鮮の掛け声との関係を述べた過去の資料も紹介されています。
しかし、その調査事例自体も一つの説として資料を紹介しているものであり、語源を確定したものではありません。
したがって、「似た音があることは確認できるが、直接の語源であることまでは確認できない」と理解しておくのが安全です。
「和上同慶」など、そのほかの説明はどう考えればいい?
「わっしょい」について調べていくと、「和を背負う」や「和一処」以外にも、漢字を当てたさまざまな説明に出会います。
その代表例として挙げられることがあるのが「和上同慶」です。
この説では、神さまのお出ましを喜ぶ言葉などから音が変化したという説明がされます。
しかし、語源を判断するときに重要なのは、漢字の意味が祭りに合っているかどうかではありません。
古い時代にその言葉が実際に掛け声として使われていたのか、その後どのような音の変化を経たのかを確かめる必要があります。
今回確認した国立国会図書館の資料や公開原典からは、「和上同慶」から「わっしょい」へ変化したことを確定できる資料は確認できませんでした。
同じように、「輪を背負う」「和と一緒」など、意味の近い漢字を当てた説明についても、語呂のよさだけで歴史的な語源とは判断できません。
言葉の由来には、後世の人が音に意味を当てはめた説明が広まることがあります。
「意味が美しいから正しい」と考えるのではなく、「その変化を記録した資料があるのか」を見ることが大切です。
結局どの説が一番有力なの?
現時点では、「この説が最も有力」と一つに決めること自体を避けたほうが正確です。
各説を整理すると、次のようになります。
| 説 | 確認できること | 語源として判断すると |
|---|---|---|
| 和を背負う説 | 現代の祭礼文化で実際に語られている | 歴史的な変化を示す資料は確認できない |
| 和一処説 | 現代に「和一処=わっしょい」の使用例がある | 古い語源との連続性は確認できない |
| 韓国語・朝鮮半島との関係 | 「ワッソ」など似た音の表現は存在する | 日本語への伝播経路を確定できない |
| 和上同慶などの説 | 語源説として語られている | 原形からの変化を確定できる資料は確認できない |
反対に、かなり確実に言えることがあります。
明治時代後期には「わっしょい」という音が実際に使われていたことです。
そして現在も、深川八幡祭りなどで「ワッショイ」が伝統的な掛け声として受け継がれています。
語源の候補に無理に順位を付けるより、「確認できる歴史はここまでで、それ以前については複数の説が残る」と整理するほうが事実に忠実です。
古い資料から「わっしょい」の歴史を検証
『東京風俗志』には何が記録されている?
平出鏗二郎の『東京風俗志』は、明治時代の東京の風俗や習慣を知るうえで重要な資料です。
国立国会図書館の書誌では、富山房から1899年から1902年に刊行された全3冊の資料として確認できます。
この資料には、祭りで神輿を担ぐ人々の掛け声として「わっしょい」が登場します。
千代田区議会の資料でも『東京風俗志』の祭礼に関する部分が紹介され、子どもたちが樽を神輿に見立て、「わっしょい」と叫びながら駆け回った様子が引用されています。
ここからわかることはとても明確です。
明治時代後期の東京では、「わっしょい」という掛け声が祭礼や神輿と結び付いて使われていました。
しかも、大人だけではなく、子どもの祭礼遊びにも使われるほど知られた声だったことがうかがえます。
これは「わっしょい」の歴史を考えるうえで非常に価値のある事実です。
一方で、この使用記録だけでは、それ以前に何という言葉から生まれたかまではわかりません。
『東京風俗志』から確認できる事実と、語源の推測は分けて考える必要があります。
『東京風俗志』に「和を背負う」と書かれているの?
ここは特に注意したいポイントです。
「『東京風俗志』には、和を背負うという言葉がわっしょいへ変化したと書かれている」という説明が広まることがあります。
しかし、国立国会図書館が示す『東京風俗志』の書誌情報では、平出鏗二郎著、富山房刊、1899年から1902年ということは確認できるものの、そのような語源説明は書誌情報にはありません。
また、今回確認できた『東京風俗志』の祭礼部分の引用では、「わっしょい」という掛け声が使用されていた様子は確認できますが、「和を背負うが変化した」という語源説明は確認できませんでした。
したがって、「『東京風俗志』が和を背負う説の出典である」と断定するのは避けたほうがよいでしょう。
資料名や著者名が付いている説明は、それだけで信頼できそうに見えます。
しかし、本当にその資料に書いてあるかを確認すると、話が違っている場合があります。
語源を調べる際には、「古い本に書いてあるらしい」という情報ではなく、実際の記録で何が確認できるのかを見る必要があります。
泉鏡花の『葛飾砂子』にも「わっしょい」が登場する
もう一つ重要な記録が、泉鏡花の『葛飾砂子』です。
青空文庫で公開されている本文では、作品中に「わっしょいわっしょい」という表現を直接確認できます。
作品は深川を舞台にしており、「わっしょい」が当時の東京の空気の中で通じる言葉として使用されています。
ここで重要なのは、現代の研究者が後から「当時も使われていたはずだ」と推測したのではないことです。
1900年前後の作品そのものに、その音が文字として残っています。
『東京風俗志』と『葛飾砂子』という性質の異なる資料の双方から、明治後期に「わっしょい」が使われていたことを確認できるわけです。
ただし、『葛飾砂子』も語源を説明するための文献ではありません。
作品中に使用例があることと、その言葉の起源までわかることは別です。
この distinction を守ることで、語源を必要以上に断定せずに済みます。
古い使用例からわかることと、わからないこと
ここまでの資料から、「わっしょい」についてかなり重要なことがわかります。
まず、1900年前後にはすでに使用されていました。
さらに祭礼や神輿との関係も、明治期の記録から確認できます。
現在の深川八幡祭りでも同じ「ワッショイ」が伝統的な掛け声として受け継がれています。
つまり、明治後期から現代まで続く使用の流れについては、一定の手掛かりがあります。
反対にわからないのが、その前段階です。
「わっしょい」が成立する前に何と言っていたのか。
ある言葉が音の変化を起こした結果なのか。
それとも掛け声として自然に形成されたものなのか。
外国語から入った可能性があるのか。
こうした問いには、現在確認できる資料だけでは決着を付けられません。
語源を調べる面白さは、「答えを見つけること」だけではありません。
どこまでが確認できる歴史で、どこからが推測なのかを見極めるところにもあります。
なぜ「それらしい語源」が生まれやすいの?
「わっしょい」のような掛け声は、普通の文章で使う単語とは少し性質が違います。
人々が声をそろえ、リズムを付けて繰り返すため、音が強く印象に残ります。
一方で、その音だけを聞いても具体的な意味がわかりにくいため、「この音にはどんな意味があるのだろう」と考えたくなります。
そこで「和を背負う」「和一処」のように、祭りの光景ときれいに結び付く説明があると、とても納得しやすくなります。
しかし、後から意味を結び付けた説明と、本当にその言葉が生まれた過程は同じとは限りません。
国立国会図書館は、語源調査では一つの説をそのまま正解とせず、複数の文献を調べる必要があると案内しています。
「和を背負うなんて日本らしくて素敵だから、本当の語源に違いない」と考えるのではなく、「その説明は文化的な意味づけとして魅力的だが、歴史的には証明されているのか」と一度分けて考えることが大切です。
そうすると、「わっしょい」をめぐるさまざまな情報も整理しやすくなります。
なぜ神輿で「わっしょい」と叫ぶの?祭りとの関係を解説
そもそも神輿とは何をするもの?
「わっしょい」を理解するなら、神輿そのものについても少し知っておくと面白くなります。
神社本庁は、神輿を「神さまの御霊を奉安する乗り物」と説明しています。
祭りでは、神さまがお遷りになった神輿などが氏子地域を巡る渡御が行われます。
つまり、神輿は単に大勢で担ぐ豪華な飾りではありません。
神社の祭礼において大切な意味を持つものです。
神輿を大勢の人が担ぎ、地域の中を進んでいく場面で掛け声が発せられます。
その代表的な声の一つが「わっしょい」です。
こうした背景を知ると、「和を背負う」という説明がなぜ人気なのかも理解しやすくなります。
多くの人が同じ神輿に肩を入れ、同じ声を発しながら進む姿は、「和」や「団結」というイメージと非常によく合うからです。
ただし、その現代的な意味のわかりやすさと、語源の証明は別だという点は忘れないようにしましょう。
掛け声にはどんな役割がある?
何十人もの人が同じ神輿を担いで歩くとき、一人だけ違う動きをすると全体のバランスを取りにくくなります。
そのため、一定のリズムで繰り返される掛け声は、多くの人が同じテンポを意識する助けになります。
さらに、掛け声を発することで祭りの勢いが生まれ、担ぎ手と周囲の人々が同じ場に参加している感覚も強くなります。
深川八幡祭りでは、富岡八幡宮自身が「ワッショイ、ワッショイ」を伝統的な掛け声として紹介し、沿道から担ぎ手へ水を掛けることで担ぎ手と観衆が一体となって盛り上がることを祭りの特徴として説明しています。
ここからも、「わっしょい」が単なる言葉の意味だけではなく、祭りの動きや雰囲気と一緒に存在していることがわかります。
なお、「担ぐタイミングを合わせるためにわっしょいという言葉が作られた」という意味ではありません。
現在の掛け声が共同動作のリズムとして機能していることと、言葉の歴史的な起源は分けて考える必要があります。
深川で「わっしょい」が大切に受け継がれている理由
現在、「わっしょい」という掛け声を実際の祭礼文化として確認しやすい代表例が、東京の深川八幡祭りです。
富岡八幡宮の例祭は8月15日を中心に行われ、江戸三大祭の一つに数えられています。
本祭りでは多くの町神輿が連合渡御を行い、「ワッショイ、ワッショイ」という伝統的な掛け声が響きます。
さらに、祭りは「水掛け祭」とも呼ばれ、沿道から担ぎ手へ水が浴びせられることでも知られています。
明治時代の東京を記録した資料にも「わっしょい」が現れ、現代の深川でも同じ音が生きています。
もちろん、「明治の使用例から現代まで一度も変化せず完全に同じ形で継承された」とまで証明できるわけではありません。
それでも、東京の祭礼文化と「わっしょい」の強い結び付きが長い時間を持っていることは、複数の資料から読み取れます。
語源そのものは謎でも、実際にどのような文化の中で使われてきたかは、かなり具体的に見えてくるのです。
日本全国で「わっしょい」と言うわけではない
祭りといえば「わっしょい」というイメージがありますが、実際の掛け声は非常に多彩です。
国立国会図書館のレファレンス協同データベースに収録された調査では、地域の祭礼資料から「わっしょい」「どっこい」「ちょいさ」など、さまざまな掛け声が確認されています。
深川では「わっしょい」が伝統として残っていますが、担ぎ方が変われば声も変わります。
同じ東京周辺でも、祭礼や地域によって異なる掛け声が使われます。
これは日本の祭りが全国で一つの形式に統一されているわけではないためです。
神社本庁も、渡御祭には地域によってさまざまな特色があり、氏子地域を巡るもの、海や川を渡るものなど、形が異なると説明しています。
そのため、旅行先などで祭りを見るときは、「わっしょいと言うかどうか」に注目してみるのも面白いでしょう。
耳から聞こえてくる掛け声そのものが、その土地の祭礼文化を知る手掛かりになります。
「わっしょいまかしょ」など似た掛け声もある
「わっしょい」は、いつでも単独で同じ形だけが使われてきたわけではありません。
国立国会図書館のレファレンス協同データベースに収録された調査では、深川に関する祭礼資料から「わっしょい」のほか、「わっしょいまかしょ」「わっしょいこらさ」といった掛け声も紹介されています。
さらに同じ深川の神輿でも、担ぎ方に応じて「どっこい」など別の掛け声が記録されています。
これは語源を考えるうえでも興味深い事実です。
掛け声は文章の中で固定された単語というより、リズムや動作の中で声に出される表現です。
そのため、似た音が増えたり、短くなったり、別の声と組み合わさったりすることも考えられます。
現在の「わっしょい」という四文字だけを切り離して、それぞれの音へ漢字を当てれば語源がわかるとは限らないのです。
さまざまな形の掛け声が存在してきたことも、「わっしょい」の起源を簡単には決められない理由の一つとして考えておくとよいでしょう。
「わっしょい」の語源でよくある疑問をまとめて解決
「わっしょい」の正式な漢字は「和っ背負い」なの?
「和っ背負い」を正式な漢字だと考える根拠は確認できません。
現在は一般的に「わっしょい」または「ワッショイ」と表記されます。
「和を背負う」という説を知ると、「和」と「背負い」を組み合わせて漢字にできそうに感じます。
しかし、それは語源説に合わせて意味を当てた表記であり、古くから決められた正式な漢字であることを示すものではありません。
「和一処」についても同様です。
丹波市が実際に「和一処」を「わっしょい」と読むイベント名として使っていることは確認できます。
しかし、この事実が意味するのは「和一処をわっしょいと読ませる現代の使用例がある」というところまでです。
古くから「わっしょい」の正式な漢字が「和一処」だったことを証明するものではありません。
普通に文章を書くなら、ひらがなの「わっしょい」が最も自然です。
漢字を使った表現は、言葉に込めたい意味を示す当て字や名称として考えるとわかりやすいでしょう。
「わっしょい」は日本語?それとも韓国語?
現在の日本で使われている「わっしょい」は、日本語の祭礼文化の中で定着した掛け声です。
1900年の日本語作品『葛飾砂子』にも実際の使用例が確認できます。
一方で、そのさらに古い語源がどこにあるかは別の問題です。
韓国語には「ワッソ」と聞こえる表現があり、四天王寺ワッソも公式に「ワッソ」を現代韓国語で「来た」という意味だと説明しています。
しかし、「音が似ている」というだけでは、日本語の「わっしょい」が韓国語から生まれた証明にはなりません。
そのためには、いつ伝わったのか、どの地域で使われ始めたのか、途中でどのような音の変化があったのかまで確認する必要があります。
反対に、資料が不足しているから「絶対に関係がない」とまで言うこともできません。
現時点で最も誤解の少ない説明は、「韓国語に似た音の言葉はあるが、日本語のわっしょいの直接の語源であることは確認できない」とすることです。
「和を背負う」は間違いなの?
「和を背負う」を単純に「間違い」と切り捨てる必要はありません。
現代の祭礼文化の中で、実際に「わっしょい」に団結や協力の意味を重ねて説明する例があります。
大勢で一つの神輿を担ぐ光景にもよく合うため、「わっしょいの精神を表す言葉」として考えるなら非常にわかりやすい表現です。
問題は、それを歴史的な事実として断言することです。
「和を背負うという意味を込めて、わっしょいと呼ぶ人たちがいる」と言うことと、「昔の『和を背負う』が音韻変化して『わっしょい』になった」と言うことでは、必要な証拠が違います。
前者は現代の使用例から確認できます。
後者は、今回確認した資料だけでは証明できません。
したがって、「和を背負う説は嘘」と言い切るより、「文化的な意味づけとしては知られているが、歴史的な語源としては確定していない」と整理するのが最も適切です。
語源がわからないのに、どうして現在まで残っているの?
言葉は、語源を知っている人だけが使うものではありません。
私たちは普段使っている多くの言葉について、毎回その由来を考えながら話しているわけではありません。
「わっしょい」も同じです。
祭りの中で先輩から後輩へ、地域の大人から子どもへと声の出し方が伝われば、語源を知らなくても掛け声は受け継げます。
実際、明治時代後期には「わっしょい」の使用例が記録され、現在の深川八幡祭りでも同じ掛け声が伝統として使われています。
言葉は辞書や書物だけで残るのではなく、人が実際に使い続けることでも残ります。
特に祭りの掛け声は、文字よりも声や動作と一緒に伝わりやすいものです。
だからこそ、現在まで言葉自体は残っているのに、その最初の由来だけがわからなくなっている状況も十分に考えられます。
子どもに「わっしょいってどういう意味?」と聞かれたら?
子どもへ説明するなら、難しい語源説を全部並べる必要はありません。
まずは「お祭りで、みんながお神輿を担ぐときに声を合わせて言う掛け声だよ」と説明するとわかりやすいでしょう。
「どうして、わっしょいって言うの?」と聞かれたら、「実は、昔どうやって生まれたのかは、まだはっきりわかっていないんだよ」と続けられます。
さらに興味を持ったら、「みんなで仲良く力を合わせて担ぐから『和を背負う』が始まりだという話もあるけれど、本当にそこから生まれたかはまだ証明されていない」と説明できます。
そして、「100年以上前の本にも、わっしょいという言葉が出てくる」と付け加えれば、歴史にも興味を持ちやすくなります。
「昔のことなら全部答えがわかっている」とは限りません。
わかっていることと、まだわかっていないことを分けて考えるのも、歴史や言葉を調べる楽しさの一つです。
「わっしょい」の語源・由来まとめ
「わっしょい」は、神輿などを担ぐ祭りで長く使われてきた代表的な掛け声です。
少なくとも明治時代後期には使用されており、平出鏗二郎の『東京風俗志』や1900年の泉鏡花『葛飾砂子』から、その時代に「わっしょい」という音が存在していたことを確認できます。
現在も富岡八幡宮の深川八幡祭りでは、「ワッショイ、ワッショイ」が伝統的な掛け声として受け継がれています。
一方、その言葉が最初に何から生まれたのかは確定していません。
「和を背負う」「和一処」「朝鮮半島の言葉との関係」「和上同慶」など、さまざまな説明があります。
その中には、現在の祭りの姿と非常によく合うものもあります。
しかし、意味がきれいにつながることと、その言葉から歴史的に変化したことは別です。
特に注意したいのが、「『東京風俗志』に和を背負うことが語源だと書かれている」という説明です。
『東京風俗志』から「わっしょい」の使用例を確認することはできますが、今回確認できた資料では、「和を背負う」が語源だと確定する記述までは確認できませんでした。
また、韓国語に「ワッソ」と似た音が存在することも確認できますが、それだけで日本語の「わっしょい」の由来とは断定できません。
したがって、現在もっとも正確に説明するなら、「わっしょいは明治後期にはすでに確認できる祭りの掛け声で、語源については複数の説があるものの確定していない」となります。
普段は何気なく聞き流している「わっしょい」ですが、調べてみると100年以上前の人々も使っていた言葉でありながら、その始まりには今も謎が残っています。
次に祭りで「わっしょい」という声を聞いたときは、目の前の神輿だけではなく、その声が受け継がれてきた長い時間にも思いを巡らせてみると、祭りの見え方が少し変わるかもしれません。
