「虹」の漢字の由来とは?なぜ虫へんに「工」なのか、意外な成り立ちをわかりやすく解説

「虹」の漢字の由来とは?なぜ虫へんに「工」なのか、意外な成り立ちをわかりやすく解説

雨上がりの空に現れる虹は、身近でありながら何度見ても目を引く自然現象です。

ところが「虹」という漢字をよく見ると、かなり不思議なことに気づきます。

空や雨に関係するものなのに、なぜ左側が「虫」なのでしょうか。

さらに右側には「工」があります。

「虫と工を組み合わせて、どうして虹になるの?」と疑問に感じた人も多いのではないでしょうか。

実は「虹」の歴史を何千年もさかのぼると、現在の「虫+工」とはまったく違う姿の文字が現れます。

甲骨文には、大きく弧を描き、両端に頭を持つ生き物のような「虹」が残されています。

古い記録には、虹が川の水を「飲む」ように表現されたものまであります。

一方、「工には空を貫く意味があるから虹になった」という説明は、そのまま事実として受け取ると注意が必要です。

後漢の『説文解字』では、「工」は意味ではなく音を表す部分として説明されています。

さらに、日本語の「にじ」という言葉の由来は、中国で「虹」という漢字が生まれた歴史とは別に考えなければなりません。

この記事では、「虹」がなぜ虫へんなのか、「工」にはどんな役割があるのか、甲骨文ではどんな姿だったのか、「虹」と「霓」にはどんな違いがあるのか、さらに日本語の「にじ」はどこから来たのかまで、古文字や古典、公的資料をもとに分かりやすく解説します。

一文字の由来を知るだけで、いつもの虹が少し違って見えてくるはずです。

目次

「虹」という漢字の由来とは?まずは成り立ちを簡単に解説

「虹」は「虫」と「工」からできた形声文字

雨上がりの空に現れる虹と「虫」という漢字は、一見するとまったく関係がないように思えます。

しかし、「虹」という字の歴史をたどると、虫へんが付いていることには古代の人々の自然観が深く関係していることが分かります。

まず、現在使われている「虹」の基本情報を整理しておきましょう。

項目内容
漢字
訓読みにじ
音読みコウ
部首
画数9画
漢字の種類形声文字
構成虫+工
常用漢字常用漢字
常用漢字表内の読みにじ

「虹」は9画の常用漢字で、漢字の成り立ちとしては「形声文字」に分類されます。

形声文字とは、簡単にいえば「意味の手がかりになる部分」と「音の手がかりになる部分」を組み合わせて作られた漢字です。

「虹」の場合は左側の「虫」が意味に関わり、右側の「工」が音に関わります。

後漢の時代にまとめられた字書『説文解字』にも、「虹」は「虫」に従い、「工」が声を表すという趣旨の説明があります。

そのため、「虫と工、それぞれの意味を足したら虹になる」と考えるより、「虫が意味のヒント、工が読み方のヒント」と考えるほうが基本的な仕組みを正しく理解できます。

ただし、「虹」という文字の歴史は現在の「虫+工」から始まったわけではありません。

さらに古い甲骨文までさかのぼると、今とはまったく違う、空にかかる虹そのものを描いたような字形が確認されています。

この古い姿まで知ることで、「なぜ虫へんなのか」という疑問も理解しやすくなります。

「虫」は意味、「工」は音を表している

「虹」という字を見ると、「虫にも意味があり、工にも意味があり、それを組み合わせて虹を表した」と考えたくなるかもしれません。

しかし、少なくとも後漢の『説文解字』による分析では、その理解とは少し違います。

『説文解字』には「从虫工聲」と記されており、現在の言葉に直せば「虫を意味に関係する要素とし、工を音に関係する要素とする」という内容です。

つまり、「工」は基本的には虹の形や動きを直接説明している部分ではありません。

漢字には「休」のように二つの要素の意味を組み合わせて理解しやすい文字もありますが、「虹」はそれとは作り方が違います。

「虫」が使われた背景には、古代に虹を長い生き物のように見る考え方がありました。

一方、「工」は発音を示す役割を担います。

この二つを区別することが、「虹」の由来を理解するうえで最大のポイントの一つです。

なお、「虹」の音読みとして辞書に載る「コウ」は、文化庁の常用漢字表に掲げられた読みではありません。

文化庁の常用漢字表で「虹」に示されている読みは「にじ」のみなので、「コウ」は常用漢字表外の音読み、いわゆる表外音として扱われます。

日常生活で「虹」を「コウ」と読む機会がほとんどないのは、このためです。

「虹」の音読みが「コウ」になるのはなぜ?

普段は「にじ」としか読まないため、「虹」に「コウ」という音読みがあると知って驚く人もいるでしょう。

「虹霓」は「こうげい」、「長虹」は「ちょうこう」、「白虹」は「はっこう」と読みます。

この「コウ」という音は、「虹」の右側に置かれた「工」が音を表していることと関係しています。

ただし、「日本語で工をコウと読むから、虹にもコウという読み方を付けた」という順番ではありません。

漢字は中国で成立し、日本へ伝わってきた文字です。

古い中国語での発音のつながりを背景として「工」が音符に使われ、その漢字と発音が日本へ伝わった結果、日本語の音読みでも関係が見えやすい形で残ったと考える必要があります。

形声文字の音の関係は、数千年にわたる発音変化によって現代では分かりにくくなっていることも珍しくありません。

「虹」と「工」は、日本語でもどちらも「コウ」という音が残っているため、形声文字の仕組みを比較的イメージしやすい例といえます。

一方、普段使われている「にじ」は日本語の訓読みです。

つまり「虹」という中国由来の文字の成立と、日本語で自然現象を「にじ」と呼ぶようになった歴史は、いったん分けて考える必要があります。

この違いについては、記事の後半で詳しく見ていきます。

古代中国では虹を蛇や龍のように考えていた

虫へんが使われた理由を理解するうえで重要なのが、古代の人が虹をどのように見ていたのかという点です。

現在の私たちは、虹が光と水滴によって生じる自然現象だと知っています。

気象庁は、虹について太陽光が空気中の水滴で屈折し、反射することで生じる現象と説明しています。

しかし、当然ながら何千年も前の人々に現在の光学知識はありません。

雨の後、空に巨大な弧が突然現れ、やがて消えてしまう様子は、非常に神秘的に見えたはずです。

甲骨文に残された「虹」の字形について、香港中文大学の漢語多功能字庫では、空にかかる弓形の虹を描いたものであり、古代の人々が生命を持つ二つの頭の怪物のように考えていたと解説されています。

実際の字形を見ると、現在の「虫+工」とは違い、大きく曲がった胴体の両端に頭のような部分が付いています。

その姿から、龍や蛇に似た長い生き物として説明されることもあります。

「虹は龍だった」と単純に言い切るよりも、古文字や古典資料には「虹を二つの頭を持つ生き物のようにとらえた痕跡がある」と理解するほうが正確です。

その世界観が、後に「虫」を意味要素に持つ漢字へとつながっていきます。

「虹」という漢字の由来を一言でまとめると?

ここまでの内容を簡単に整理すると、「虹」の成り立ちは次のように理解できます。

要素主な役割
虹を生き物のようにとらえた古い観念と関係する意味要素
発音を示す音要素
古い甲骨文弓なりで両端に頭を持つような虹の姿を表現
現在の虹「虫+工」の形声文字

甲骨文には虹の形そのものを描いたような古い字があり、後には「虫」を意味要素、「工」を音要素とする形声文字として使われるようになったことが、古文字資料から確認できます。

一言でまとめれば、「虹」は、古代の人が虹を長い生き物のように見た自然観と、漢字の音を表す仕組みが合わさった文字と考えると分かりやすいでしょう。

ここで大切なのは、現在の「虫=昆虫」という感覚だけで昔の漢字を判断しないことです。

古い「虫」の意味を知れば、空に現れる虹と虫へんという一見不思議な組み合わせが、決して無関係ではなかったことが見えてきます。

なぜ「虹」は虫へんなの?昆虫とは関係ない本当の理由

昔の「虫」は昆虫だけを意味する字ではなかった

「虫へん」と聞くと、チョウ、ハチ、アリ、カなどの小さな生き物を思い浮かべる人が多いでしょう。

その感覚で「虹」を見ると、「空の現象なのに、どうして虫なの?」という疑問が生まれます。

ところが、古代の「虫」という字の世界は、現在の日本語でいう「昆虫」だけに限定されていません。

『説文解字』で「虫」を調べると、「一名蝮」とあり、蛇の一種である蝮と結び付けた説明が記されています。

さらに同じ虫部には、大蛇や神蛇などを表す文字も収められています。

したがって、古い文字の説明に出てくる「虫」を、そのまま現代の「昆虫」に置き換えると意味が分からなくなってしまいます。

「虹」が虫へんなのも、カブトムシやチョウなどが虹に関係しているからではありません。

長く伸びた蛇などを含む生き物のイメージまで視野に入れると、空にかかる虹との関係が見えてきます。

現代語の感覚と古代の文字感覚が違うことを知るだけで、「虹」の謎はかなり解きやすくなります。

「虫」という漢字はもともと蛇の姿と関係している

『説文解字』では、「虫」の字について、その伏した姿をかたどったものだという趣旨の説明があります。

さらに「虫」の別名として「蝮」が挙げられているため、少なくとも『説文解字』の文字分析では蛇とのつながりが明確です。

ここで注意したいのは、「昔の虫という字は絶対に蛇だけを意味した」と単純化しないことです。

長い文字史の中では意味や使われ方が広がっており、虫部にはさまざまな生き物を表す文字が含まれています。

重要なのは、古い「虫」が現代日本語の「昆虫」という狭い範囲だけを指していたわけではないことです。

この点を知ると、「虹」に虫へんが付いていても不思議ではなくなります。

虹は空いっぱいに弧を描き、その姿は長い体を反らせた蛇にも見えます。

古文字資料に残る「虹」の字形自体も、単なる色の帯ではなく、生き物のような姿として解釈されています。

現在の漢字だけを見ていると分かりにくい由来も、古い字形までさかのぼると筋道が見えてくるのです。

虹が空を渡る巨大な蛇や龍に見えた

現代では、虹は太陽の光が空気中の水滴によって屈折や反射をすることで見えると説明できます。

しかし、その仕組みを知らずに虹を眺めたら、どのように見えるでしょうか。

空の一方からもう一方へ巨大な体を曲げた何かが現れ、しばらくすると姿を消します。

しかも、虹の両端は遠くの地面や川につながっているようにも見えます。

甲骨文の「虹」については、弓形の虹そのものを描き、両端に頭を持つ生命体のように表した字形だと解釈されています。

このため、虹の古い観念を説明するときに、蛇や龍のような生き物という表現が使われます。

ただし、「甲骨文の虹は必ず龍を描いたものだ」と決めつける必要はありません。

確認できる重要な点は、古い字形が二つの頭を備えた生き物のような姿をしており、虹が生命を持つ存在として解釈されていたということです。

現在の私たちが「きれいな七色のアーチ」と見る現象に、古代の人はまったく違う姿を見ていました。

その発想が文字の中にまで残っているところが、「虹」という漢字の面白さです。

古代中国には「虹が水を飲む」という考えもあった

古代の虹が生き物として見られていたことを象徴するのが、「虹が水を飲む」という表現です。

甲骨文の卜辞には、「有出虹自北,飲于河」と読まれる記録があります。

これは、おおまかには「北から虹が現れ、河で水を飲んだ」と理解される内容です。

現代人から見ると、とても不思議な表現です。

しかし、虹の端が遠くの川や池へ伸びているように見える光景を想像すれば、「巨大な生き物が水辺に頭を下ろしている」と感じたとしても不思議ではありません。

さらに『山海経』の「海外東経」には、虹と関連付けて解釈されてきた存在について、それぞれ二つの頭を持つという記述があります。

甲骨文の字形にも両端に頭のような部分があるため、古代の虹と「二つの頭を持つ生き物」というイメージには複数の資料からつながりが見えてきます。

ただ美しいだけではなく、動き、姿を現し、水を飲む存在として虹を見る世界観があったのです。

「虫へん」の理由は、一文字のパーツだけを眺めるより、こうした古い自然観と一緒に考えるほうが理解しやすくなります。

「雨」ではなく「虫」が使われた背景を整理

「虹は雨のあとに出るのだから、雨かんむりの漢字になっていてもよさそう」と感じる人もいるでしょう。

実際、虹に関係する「霓」という字には雨かんむりが使われています。

しかし、漢字は現代の科学分類に合わせて一度に設計された記号ではありません。

「雨に関係する現象なら雨かんむりにする」というルールだけで、すべての漢字が成立しているわけではないのです。

古い甲骨文では、現在の「虫+工」より前に、弓なりの虹を生き物のように描いた字形が確認されています。

その後に定着した形について、『説文解字』は「虫」を意味側、「工」を音側として分析しています。

つまり、「虹」に虫が入っている背景を考えるうえでは、雨という気象条件よりも、虹を長い生き物のように見た古い観念が重要になります。

現代人は虹を「光学現象」という分類に入れますが、古代の人々が同じように分類していたわけではありません。

文字には、その文字を生み、使ってきた人々のものの見方が残ります。

「虹」が雨ではなく虫へんなのは、その好例といえるでしょう。

「虹」の右側にある「工」の意味とは?「空を貫く」という説は本当?

『説文解字』では「工」は音を表す部分

「虹」の字源を調べるとき、最も注意したいのが右側の「工」です。

見た目から意味を考え、「工にも虹を表す特別な意味があるのでは」と思うかもしれません。

しかし、『説文解字』の説明は明確です。

そこには「从虫工聲」とあり、「工」は「聲」、つまり音を示す要素として扱われています。

漢字ペディアでも「虹」は「虫」と音符の「工」から成る形声文字として整理されています。

したがって、現在の字形を説明するときの基本は「虫が意味、工が音」です。

この仕組みを知らないと、「虫の意味+工の意味=虹」という足し算をしようとして、かえって分かりにくくなります。

形声文字は非常に多くの漢字で使われている作り方です。

意味を表す部分からおおまかな仲間を推測し、音を表す部分から読み方の手がかりを得ます。

「虹」は、その仕組みが比較的分かりやすく残っている文字なのです。

「工」から「コウ」という読み方が生まれた

「虹」に音読みの「コウ」があることを知ると、「工」が音を示すという説明が理解しやすくなります。

「工」も日本語では「コウ」と読みます。

一方、「虹」も辞書では音読みとして「コウ」が載っています。

ただし、文化庁の常用漢字表で「虹」に認められている表内音訓は「にじ」のみです。

そのため、通常の文章で「虹」を単独で「コウ」と読むことはほとんどありません。

それでも、「虹霓」「長虹」「白虹」などの熟語には音読みが残っています。

ここで重要なのは、日本語の現在の発音だけで漢字成立時の音をそのまま説明しないことです。

中国語の発音も時代とともに大きく変わっており、日本の音読みも中国語の音を日本語の音体系に取り入れて成立しています。

それでも『説文解字』が「工聲」と記しているため、「工が発音を担当する」という文字構造そのものについては明確な資料上の根拠があります。

「工=貫く」と説明されることがあるのはなぜ?

「虹」の由来については、「工には貫く意味があり、巨大な蛇が空を貫くことを表している」という説明を目にすることがあります。

確かに、空いっぱいに架かる虹を「空を貫くもの」と表現すれば、物語としてはとても印象的です。

しかし、この説明をそのまま「工が使われた本来の理由」と断定するのは慎重になる必要があります。

『説文解字』は「工」を意味要素としてではなく、「工聲」と明記しています。

一方、古い語釈には「虹」と「攻」を結び付けた説明が存在します。

唐代の類書『初学記』には、それ以前の『釈名』を引用する形で「虹、攻也」という説明が残されています。

ただし、これは言葉の意味を音の近い語と関連付けて説明した古い語釈であり、「虹という漢字の工の部分は、貫く意味だから選ばれた」とする字形分析とは同じではありません。

「工=貫く」という説明を絶対に存在しないものとして切り捨てる必要はありませんが、字の構成について確実性の高い説明をするなら、まず「工は音符」とするべきです。

面白い説と、資料から確認できる文字構造を分けて理解することが重要です。

『説文解字』には「申」を使った別の古い「虹」も残る

「虹」の古い字形を調べていくと、さらに興味深い情報が見つかります。

『説文解字』に伝わる記録には、通常の「虫+工」の「虹」とは別に、籀文と呼ばれる古い字体についての説明があります。

そこでは、籀文の「虹」は「申」に従い、「申」は「電」であるという趣旨が記されています。

ここでいう「電」は、現代語でいう電気製品の「電」ではなく、もともと稲妻などと結び付く字です。

虹と稲妻はどちらも空に突然現れる印象的な自然現象なので、非常に興味深いつながりです。

ただし、この情報から「虹は最初に甲骨文になり、次に申を使う形になり、そのあと虫+工になった」と一直線の進化を作るのは避けたほうがよいでしょう。

古代文字には同じ語を表す異なる字体が並存する場合があり、現存資料だけで単純な一本道を決められないことがあるからです。

確実にいえるのは、『説文解字』が「虫+工」の字だけでなく、「申」を用いる籀文の字体も記録していることです。

「虹」という一字にも複数の古い表現があったことを知ると、漢字が長い時間をかけて形を変えてきたことが実感できます。

複数の説がある場合はどう理解するのが正しい?

漢字の由来には、魅力的な説がたくさんあります。

しかし、説が多いからといって、すべてを同じ確度の事実として並べると、本当の成り立ちが分かりにくくなります。

「虹」の場合、現在につながる字形については、『説文解字』の「虫+工聲」という明確な記録があります。

さらに古い段階については、甲骨文に弓なりで両端に頭を持つような字形が実際に残っています。

また、『説文解字』には「申」を使った籀文についての記録もあります。

これらは、それぞれ資料を確認できる事実です。

一方、「工は虹が空を貫く意味」「工そのものが虹の曲線を描いている」といった説明は、少なくとも『説文解字』の「工聲」とは分けて扱う必要があります。

字源を知るときには、「もっともらしく聞こえるか」ではなく、「どの時代のどの資料から確認できるのか」を見ることが大切です。

そのように整理すると、「虹」は古代の自然観と文字の音韻構造の両方を伝える、とても奥深い漢字だと分かります。

昔の「虹」は今とは違う?甲骨文や「霓」からわかる古代人の世界観

甲骨文の「虹」はどんな形をしていた?

現在の「虹」は、左に虫、右に工を置いた整った形をしています。

ところが、商代の甲骨文に残る「虹」は、現在の漢字からは想像しにくい姿です。

香港中文大学の古文字資料には、大きく弓形に曲がった胴体のような線があり、その両端に頭のような部分を持つ字形が掲載されています。

古文字研究では、この形は空に現れるアーチ状の虹を描いたものと解釈されています。

さらに、単なる曲線ではなく、二つの頭を持った生命体のように表現されている点が特徴です。

甲骨文は、亀の甲羅や獣骨などに刻まれた非常に古い文字です。

現在の漢字よりも、対象の姿をそのまま絵のように表現した字形が数多くあります。

「虹」についても、最初から現在の虫へんがあったと考えるのではなく、まず虹そのものを象形的に表した古い字が存在したことを知っておく必要があります。

そこから文字の姿が変化し、後世には「虫」と「工」を組み合わせた形声文字として定着していったと説明されています。

現在の一文字の背後には、数千年前の空の見え方まで残っているのです。

虹を「二つの頭を持つ龍」と見る説とは

甲骨文の「虹」で特に目を引くのが、弓形の体の両端にある頭のような形です。

このため、古代の虹は「双頭の龍」や「二つの頭を持つ蛇のような存在」として紹介されることがあります。

資料に忠実に説明するなら、「必ず龍だった」と断定するより、「二つの頭を持つ生き物としてとらえられていた」とするのが適切です。

香港中文大学の古文字資料でも、古代の人々が虹を二つの頭を持つ生命ある怪物のように考えたと解説されています。

さらに『山海経』の「海外東経」には、虹と関係すると解釈されてきた存在について「各有兩首」、つまりそれぞれ二つの頭を持つという記述があります。

甲骨文の形と古典の記述を合わせてみると、「虹の両端を二つの頭として見る」という発想が古代に存在したことが分かります。

虹の両端が遠くの地面や水辺につながるように見えることを考えれば、巨大な長い生き物として想像されたことにも納得しやすいでしょう。

科学的には光が作る現象でも、人間の目には形が見え、そこから物語が生まれます。

「虹」という漢字は、自然現象そのものだけでなく、それを見た古代人の想像力まで伝えているのです。

古代中国では虹に雄と雌があると考えられていた

古代中国の虹に対する考え方には、さらに意外なものがあります。

虹を雄と雌に分ける考え方です。

唐代の『初学記』には、それ以前の文献を引用しながら、雄を「虹」、雌を「蜺」とする説明が収められています。

さらに、二つの虹が現れたときに色が鮮やかなほうを雄の「虹」、暗く淡いほうを雌の「蜺」とする古い説明も記録されています。

現在の感覚からすると、自然現象に雄と雌があるという考え方はかなり不思議です。

ただし、ここでいう雄と雌は、動物の生物学的な性別とまったく同じ意味で考えるものではありません。

古代中国では自然界のさまざまな現象を陰と陽などの性質に分けて考える文化がありました。

虹についても、明るさや現れ方の違いがそうした世界観の中で説明されたと考えられます。

現在なら「濃い虹」「薄い虹」と観察するところに、昔の人々は異なる性質を持った二つの存在を見ていたのです。

「虹」と「霓」にはどんな違いがある?

「虹」と一緒に覚えておきたい漢字が「霓」です。

日本語では「ゲイ」と読み、「虹霓」で「こうげい」という熟語になります。

古典資料には「蜺」と書かれる例もあります。

『初学記』に引用された古い説明では、色が鮮やかなものを雄の「虹」、暗いものを雌の「蜺」としています。

この「蜺」と、雨かんむりを使った「霓」は、虹に関係する文字として長く使われてきました。

現在の漢字辞典でも、「虹」を雄、「霓」を雌とした古い考え方が紹介されています。

ただし、「昔の虹は必ず一本目が虹、二本目が霓だった」と単純に決めつけるのは注意が必要です。

古典では色の鮮やかさや陰陽の考え方などを含めて説明されており、現代気象学の「主虹」「副虹」とは分類方法そのものが違います。

「虹」と「霓」を知ると、古代人が虹を単なる一種類の現象とは見ていなかったことが分かります。

空に現れる色や明るさの違いを観察し、それぞれに異なる名前や性質を与えていたのです。

現代の主虹・副虹との関係をわかりやすく解説

現在の気象学では、二重の虹が見えるとき、内側の明るい虹を「主虹」、外側の薄い虹を「副虹」と呼びます。

通常の主虹は、太陽光が雨粒の内部で一回反射して出てきた光によって見えます。

副虹は、雨粒の内部で二回反射した光によって生じ、主虹とは色の並び方も逆になります。

気象庁も、虹そのものが太陽光の水滴内での屈折と反射によって生じる現象だと説明しています。

ここで、古代の「鮮やかな雄の虹」と「淡い雌の霓」を、現在の主虹と副虹にそのまま当てはめたくなるかもしれません。

確かに、主虹のほうが目立ち、副虹が淡く見えることが多い点では共通する部分があります。

しかし、現代の主虹と副虹は光の反射回数という物理的な仕組みで分類されています。

古代の「虹」と「霓」は、自然観や色の見え方などを背景にした分類です。

したがって、「虹=主虹、霓=副虹」と完全な同義語として説明するより、「見た目には重なる部分があるものの、古代と現代では分類の基準が違う」と理解するほうが正確です。

古代の自然観と現代科学を比べてみると、同じ空を見ても説明の仕方がこれほど変わることが分かります。

日本語の「にじ」の由来は?漢字とは別に存在する語源の謎

漢字の「虹」と日本語の「にじ」は分けて考える

ここまで説明してきた「虫+工」の話は、中国で成立した漢字の「字源」です。

一方、「にじ」という日本語そのものがどのように生まれたかは「語源」の問題です。

この二つは同じ話ではありません。

中国で作られた漢字が日本へ入ってくる以前から、日本語にはさまざまな自然現象を表す言葉がありました。

後から、その日本語に意味の合う漢字を当てて読むようになったケースも数多くあります。

「虹」についても、中国で「虫+工」という漢字が作られたから、日本語の「にじ」という音が生まれたわけではありません。

「虹」という字には中国語由来の音につながる「コウ」という音読みがあります。

それとは別に、日本では「にじ」という日本語を「虹」と書くようになりました。

古い日本語資料には現在の「にじ」と異なる語形も確認されています。

そのため、「虹という漢字の由来」と「にじという言葉の由来」を一つの説明にまとめてしまうと、別々の歴史を混同することになります。

実は「にじ」の語源は現在も一つに決まっていない

日本語の「にじ」は、どの言葉から生まれたのでしょうか。

この問いには、現在も一つだけの確定した答えがあるわけではありません。

虹の古い呼び方や各地の方言を比較し、さまざまな語源説が研究されてきました。

民俗学や方言研究では、「にじ」と蛇を表す古い言葉との関係を考える説が提案されています。

一方、近年の日本語史・比較言語学の研究でも、「虹」の古い形として上代東国日本語の形や琉球祖語、各地の方言を比較し、異なる音韻的な復元が検討されています。

つまり、「にじ」という短い言葉でも、その語源を説明するには古代日本語、方言、琉球諸語など幅広い資料を考える必要があります。

音が似ている言葉を一つ見つけただけで、「これが語源だ」と決めることはできません。

古い資料で実際にどのような語形が確認できるのか、それらの音が歴史的にどのように変化し得るのかまで検討する必要があります。

そのため、記事で紹介するときも「にじの語源は蛇である」と断定するのではなく、「蛇との関係を考える説がある」とするのが適切です。

分かっていない部分を無理に一つの物語へまとめないことも、語源を正確に伝えるうえでは重要です。

「にじ」と蛇を表す古い言葉が関係するという説

「にじ」と蛇の関係を考える説は、日本の民俗学や方言研究の中で以前から検討されてきました。

宮良当壮は南島の言葉や習俗などを研究し、虹の「ニジ」の語源を蛇類の呼称である「ナギ」「ナジ」と結び付ける説を示しました。

柳田國男も各地の虹の呼称を比較し、「ノジ」「ネジ」など複数の語形を取り上げながら、蛇や霊的な存在との関係を考察しています。

非常に興味深いのは、中国の漢字文化でも虹と蛇のような生き物が結び付けられていたことです。

ただし、日本語の「にじ」が中国の「虹」という漢字の世界観から直接生まれたことを意味するわけではありません。

同じように長く曲がった虹を見れば、別々の文化で蛇を連想することも考えられます。

さらに、近年の言語研究では古代日本語や琉球祖語などを比較した別の音韻的な分析も行われています。

そのため、蛇との関係は有力な研究史を持つ説の一つとして知っておく価値がありますが、唯一確定した語源として扱わないことが大切です。

「虹」という漢字の虫へんには蛇を思わせる古代中国の世界観が関係しますが、日本語の「にじ」の語源は、それとは別に研究が続く問題なのです。

『万葉集』の「努自」は「のじ」と訓まれている

日本語の「にじ」の古い姿を考えるうえで重要な資料の一つが『万葉集』です。

『万葉集』巻十四の3414番歌には、「伊香保呂能夜左可能為提尒多都努自能」という漢字本文が残されています。

この中の「努自」が、虹を表している部分です。

奈良県立万葉文化館の万葉百科では、「多都努自能」を「たつのじの」と訓み、読み下し文では「立つ虹の」としています。

つまり、正確には『万葉集』にカタカナで「ノジ」と書いてあるわけではありません。

原文では「努自」と表記され、それを「のじ」と訓む例が確認できるということです。

現在の「にじ」と比べると、最初の母音が異なっています。

こうした古い語形は、「にじ」の語源を調べる際に重要な材料になります。

現代語だけを見て「に」と「じ」に分けて意味を考えるより、古代には「のじ」のような形もあったことを踏まえて研究する必要があるからです。

たった二音の言葉ですが、千年以上前の文献を調べると、現在とは違う姿が見えてきます。

「虹」の漢字と「にじ」の語源を混同しないことが大切

最後に、この記事でもっとも混同しやすいポイントを整理しておきましょう。

中国で「虹」という漢字がどのように成立したかという話と、日本語の「にじ」がどこから生まれたかという話は別物です。

漢字の側には、甲骨文の字形や、『説文解字』に記された「虫+工聲」といった具体的な文字資料があります。

甲骨文には、生き物のような弓形の虹が描かれ、後世の字形では「虫」が意味を、「工」が音を示します。

一方、日本語の側では、『万葉集』に「努自」と書いて「のじ」と訓む例など、現在とは異なる古い語形が確認できます。

その語源については蛇との関係を考える説などが研究されてきましたが、一つの説だけで完全に確定したとするのは適切ではありません。

したがって、「中国で蛇を意味する虫を使ったから、日本語でも蛇由来の『にじ』と呼ぶようになった」と一続きに説明すると、二つの歴史を混ぜてしまいます。

「字源」と「語源」を分けたうえで両方を見るからこそ、虹という言葉の歴史がより立体的に見えてきます。

同じ自然現象を、中国では文字の形として、日本では古い言葉の音としてたどれるところが、虹の由来の大きな魅力です。

「虹」漢字の語源・由来まとめ

「虹」という漢字を何気なく見ると、「どうして空に出るものが虫へんなのだろう」と不思議に感じます。

その答えを古代までたどると、現在とはまったく違う虹の見方が現れてきます。

商代の甲骨文に残る「虹」は、空にかかる弓形の姿を表し、両端に頭を持つ生き物のような字形です。

古い卜辞には、虹が河の水を「飲む」ように表現された例まで残されています。

こうした古代の自然観を背景に、後世の「虹」は「虫」を意味の要素、「工」を音の要素とする形声文字として説明されています。

そのため、「工は空を貫く意味だから使われた」とだけ覚えるのは正確ではありません。

『説文解字』では「工聲」とされているため、まず「工は音を表す」と理解することが重要です。

「虹」には音読みとして「コウ」もありますが、文化庁の常用漢字表で示されている読みは「にじ」だけです。

また、『説文解字』には「申」を使った籀文の「虹」も伝えられており、「申」を「電」と説明する記録があります。

現在の一文字だけを見れば単純に見える「虹」ですが、その背後には複数の古い字形が存在しているのです。

古代中国では、虹を雄と雌に分け、鮮やかなものを「虹」、淡いものを「蜺」などとする考え方も記録されています。

これは現代気象学の主虹と副虹に似て見える部分がありますが、同じ分類ではありません。

現在では、主虹と副虹の違いは雨粒の内部で光が反射する回数などによって科学的に説明できます。

さらに、日本語の「にじ」という言葉の歴史は、中国で「虹」という漢字が作られた歴史とは分けて考える必要があります。

『万葉集』巻十四には「努自」と表記し、「のじ」と訓む例が実際に残されています。

日本語の語源については蛇との関係を考える研究などがありますが、一つの説だけで確定しているわけではありません。

つまり、「虹」という一文字には、古代中国の自然観、漢字が作られる仕組み、日本語の長い歴史という三つの面白さが詰まっています。

次に雨上がりの空で虹を見つけたとき、そこに七色の光だけでなく、何千年も前の人が想像した巨大な生き物の姿まで重ねてみると、「虹」という漢字がこれまでとは少し違って見えるはずです。

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